第301話 レモンパイ(前編)

 修学旅行が終わってからの数日間は、まずはレポートをまとめて、それが終わる間もなく今度はまーた実力テストがあった。

三年生で受験生なら仕方がない事なのかもしれないけれど、予定が詰まりに詰まっていて息をつく暇もない。

そろそろ体育祭の時期でもある。

これも学校──学園の人数が多すぎるせいで、二日間の予定だ。

学生でないと経験出来ないけれど、息抜きは必要だと思いませんか。

それも


「──まーだかねぇ?」


 学校の正門ではなくて、運動部が活動するグラウンドの裏側にある裏門に私とノノカは来ている。

あまり使われないここは木が茂っていて、木陰が気持ちいい場所だ。


「ノノカってば浮かれちゃって」


「だってこんなん面白い以外ないっしょー」


 そう言うノノカに私も頷く。


 今日、ミッコちゃんが我が学園に遊びに来るのだ。

しかし問題がある。


「先生に許可取れば良かったかしら」


「えー、めんどくさーい。っつーか多分許可下りないっしょ。呼んだの生物部じゃないし個人的にだし」


 確かにお願いされたのは私で、モデルの企画とも無関係だ。

それでも皆はミッコちゃんが来る事を快く承諾してくれた。

特に喜んでいるのはメイク部のクジラ君だった。


「クジラちゃんも先輩とかいないしねー。ミッコはメイクとか好きっぽいし」


「それはノノカもじゃ?」


「アタシは自己流過ぎて参考になんないよ」


 なるほど、と私もほとんどお化粧はしないので力になれそうにない。

けれど見るのは好きだし今後の参考になりそう──と言っていたら、お待ちかねのミッコちゃんが小走りでやってきた。

当然、私やノノカと違う制服だ。


「──ごめんっ、これでも急いで来たんだけれどっ、あんた達の学校広すぎてっ」


 息が整っていないミッコちゃんは、正門からぐるりと回るように裏門まで来たようだ。


「おつおつー。じゃ、これ着て」


「へ?」


 この裏門も生徒が通らないというわけではないので、今すぐ他校生のミッコちゃんを隠す必要がある。

なので体格が同じくらいのノノカのジャージを借りる事にしたのだ。

私はミッコちゃんより背が低い。


「えっ、下も?」


「見えない見えない」


 ネクタイを外してブラウスの上からジャージの上着を羽織るのはいいとして、スカートの下も素早く履けばよし。

私もノノカも少し離れて見回りをする──よし、誰もいない。


「はい、着替えた。どう?」


 と、ミッコちゃんはジャージのファスナーを首まで上げながら言う。

どこからどう見ても私達の学校の生徒に見える。

グラウンドにいるジャージ姿の運動部の子と混ざってしまえば、もうその中のいち生徒だ。


「おっけ。んじゃ我が部室に向かいますか。注意事項をシウか」


 ふむ、では簡潔に。


「鬼は先生。ひらけたグラウンドじゃも出来ないからやばい時は私を置いて逃げてね」


 理由は簡単──と、二人が私をじっ、と見つめてこう言った。


おとりになってくれんの?」


「いや違うね。走りたくないからっしょ」


 ノノカ正解。

私は足が遅いの。


「うー、緊張する」


 ミッコちゃんはバッグを肩に掛けて深呼吸している。

私とノノカはそんなミッコちゃんを挟んで歩き出した。


「堂々としてたらバレないって」


 頭に手を組んで笑うノノカが言う。


「逆で考えなさいよ……知らないとこで知らない人ばっかなんだからさー」


 背中を丸くするミッコちゃんの声は小さい。


「大丈夫大丈夫──


 そう私が言った時、ノノカも気づいて足を止めた。

どうしてこうタイミングが悪いのかしら、獣じみた勘でもあるのかしら──我がクラスの担任で、生物部の顧問でもあるオオツキ先生がグラウンドにいたのだ。

それも私達が通ろうとしている先にだ。


 私とノノカは目を合わせて、頷いた。


「──よーい、どん」


「えっ、何っ!?」


「ミッコ走って!」


 ノノカはあっという間に先生を追い抜いて、続いてミッコちゃんも追い抜いた。

意外と足が速くてびっくりする。

私はというと──。


「待て待て」


 ──オオツキ先生に簡単に捕まってしまった。

この目は疑い、逸らすと余計に怪しまれるのでじっとしておきましょう。


「ノムラは何急いでんだ?」


 私の腕を緩く掴んだまま聞かれてしまった。

ここは腕の見せどころ──女優ごっこ、開始。


「ハシャいでイルだけカト。テストモ終わっタ事ですシ」


「……ふーん?」


 獣染みた目が鋭く当たる。

けれど、にらめっこは負けない。


「先生ハ何を?」


「体育祭に向けての打ちあわせ準備だ」


「大変デすネ。では私はこれで──」


 するとオオツキ先生はため息をひとつついてから、ひそ、とこう言った。


「黙っといてやる。意味、わかるな?」


 にらめっこの後の意味深な微笑みを放つ先生は、どうやら負けてくれるらしい。

けれど悔しいので私は、はーーい、と負け惜しみの返事をして勝ち逃げしたのだった。

もちろん、走る事なく歩いてだ。

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