第300話 パイクッキー(後編)

 ああああああ相沢亜希アイザワアキといいますっ。

生物部のチグサ──チョウノチグサと同クラの友達って言ったらわかりやすいですかね? どうぞ、よろしくお願いしますっ!


 問一、一つ年上の三年生で先輩ってだけなのに、大人っぽく見えるのはどうしてなんだろう。

問二、あまりにこやかじゃない見た目のせい?

問三、平均よりもずっと高い身長のせい?


 テーピングされた指を眺めつつ、自分がにやけている事に気づいたあたしは軽く両頬を叩く。

けれど、突き指した指に響いて今度は涙目。


 っ痛ぅー……っ、久しぶりにひっどくやっちゃったなぁ。


 部室にはもうあたし一人が残っている。

他の部員は急げば電車乗れる、と部活終わりだというのに全速力で帰ってしまった。

まぁあたしだけ電車は反対方向だし、部室の鍵版はあたしだし別にいいんだけれど、と汗拭きシートで上半身を拭いていく。

うん、ほのかにせっけんの匂い。

べたべたよりさらさらの方が好き。

それに──サクラ先輩、いるし。


 べ、別にそういうんじゃないけれどっ、汗臭いのとかはなんか恥ずかしいっていうかっ、み、身だしなみの一つっていうかっ。


 わけのわからないあたふたに深呼吸を三回、繰り返す。


 さっきサクラ先輩は、一緒に帰るべ、と言ってくれた。

いつもは時間が合うだけでこんな──約束? は、した事がない。

お土産だけで嬉しいのに、またもう一個嬉しいとか……何これ! 何これ!?


 ※


 ──そう考えている内に、あっという間に待ち合わせの校門に近づいてしまった。

意識するからいかんのだ……いつも通り、平常運転……けれどやっぱ前髪気になるから直して、よしっ。


「お、お待たせしましたっ」


 サクラ先輩は校門の柱に寄り掛かっていて──何か食べていた。


「ん、お疲れ。ほい、お土産その一」


 その一? と手を出すと、花の形をしたクッキーが落ちてきた。

男バレで配ったお土産の余りらしく、小さくて可愛い。


「ありがとございますっ、いただきます!」


 行儀が悪いけれど食べ歩きしよう。

部活の後でお腹も空いている。


 んっ、噛んだ瞬間めっちゃ軽ぅっ。

甘さ控えめなとこってサクラ先輩の好みかなぁ。

模様の縞々の歯触りがくすぐったい感じ。


 サクラ先輩は暑いのか学ランを着ていなくて、白シャツを腕まくりしている。

あたしはというと新しいティーシャツにジャージの上着を羽織っている。

拭いたとはいえ汗かいた後に制服を着たくなくて、部活帰りは大体こうだ。

下はスカートだけれど。

ごくん。


「ご馳走様でした。あの、その一って?」


「その二があるって意味」


 そうなんだけれど、そうではなく。

すると、その二は駅についてからな、とサクラ先輩は言って顔を背けた。


 問四──サクラ先輩は照れると後ろ首に手をやるんだけれど、今そうしているのは照れてるせい?


 ※


 休みの日の最寄り駅は休みという事もあってか人はまばらで、あたし達はホームのベンチに腰を下ろした。


「──じゃあ、はい。お土産ですが」


「あはっ、何で敬語なんですかっ」


「あ? いらねぇって?」


「いっ、いりますいりますっ、あたしのですっ」


 多少のおふざけと意地悪と笑いはいつもの事。


「ふっ。そ、お前のだよ」


 けれど、こんなサクラ先輩の柔らかい笑みは、初めて、です。

照れ臭そうな、変な、こそばゆいのは──小さな縦長の箱。

そっと開けてみた。


 透明で、中にカラフルなラッパみたいなのが何本かあって。


ってガラス細工」


 聞いた事はあるけれど、見たのも、こうやって持つのも初めてだ。

そっと触れないと割れてしまいそう。


「……何か言えー」


 あたしはフリーズしていたみたい。


「す、すいませんっ。だってすっごい可愛い……わぁー……」


 なんて言っていいかわからない。

嬉しいとかそういうの、超えちゃった。


「お前っぽいのマジ考えた」


 こんなに可愛いのが、あたしっぽい? 女の子にしては背が高いし、髪も長くないし、性格だってさばさばしてるし。


「……あたしっぽいお土産……あはっ」


「何笑っとんだ」


「嬉しいからですっ」


「あ、そ」


「はいっ。そんでちょっと質問なんですけれど、いいですか?」


 どーぞ、とベンチの右隣に座るサクラ先輩は背もたれから背中を離して、前屈み気味にあたしを覗き込んだ。

猫背で目線があたしと同じだ。

あたしはビードロを片手に、スカートの裾を軽く握る。

気づかれないように小さく、深呼吸する。


「──サクラ先輩の中で、あたしって、可愛いですか?」


「は!? ──あ、ビードロ……あー……」


 サクラ先輩の目がきょろきょろ。


「あたしは先輩とこうやって帰ったりすんの、結構好きなんですけれど、先輩は?」


「まぁ……面白ぇ、し?」


 ビードロをホーム向こうの夕陽に当てると、また綺麗。


「あはっ、ですね。それでたまに──心臓弾けそうなんですけれど、これって何なんですかね?」


 今も弾け寸前。

けれど、攻め時。


 あたしはベンチに置かれたサクラ先輩の左手の甲に、突き指した指を置いてみた。

少しびくついた先輩だったけれど、動いたらあたしの指が痛くなる。

だから動けないでいる。


「……ずるくね?」


「それは先輩も」


「ぐぬ……これってその、あれ?」


「おそらく、一緒、ですか?」


 めちゃくちゃ恥ずかしい。

どこを見ていいかわからなくて、だから、サクラ先輩と目が、合った。


「……お前の事、好きっぽい?」


「……先輩の事、好きなのかな?」


 変な質問は同時くらいで、でも、でも、手は、サクラ先輩の手は表を向いて、手のひらが、小指と薬指が、あたしの手を緩く握っている。


「……明日も、一緒に帰る?」


「帰りたいですか?」


 あ、ため息つかれちゃった。

ちょっと質問し過ぎちゃったかな、とアタシはビードロを軽く吹いてみた。

小さく小さく、ガラスの──どきどきする音が鳴る。


 そしてサクラ先輩は少しだけあたしに近づいて、こう言った。


「──明日、好きだって言ってやる」


 ……もう言われたけれど、明日の約束にあたしは瞬間、嬉しいを超えちゃったのでした。

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