第295話 棒付きキャンディ(前編)

 あっという間の旅行でした。


 最終日は午前中に資料館を見学して、お話を聞いた。

帰り支度は忙しなくて、あっという間に初めてだった街は遠のいている。


「もう少しいたかったなー……」


 私がそう呟くと、隣の席──通路側に座る男子が平たい棒付きのキャンディを渡してきた。


 飛行機を降りた私達は今バスの中にいる。

さすがに疲れが出たのか、クラスメイトのほとんどは静かに眠っている。

長旅にはしゃいで、きっと昨日の夜も遅かったのかもしれない、と私も軽くあくびをしてキャンディを受け取った。

薄いピンク色はストロベリー味、男子のはと見ると薄い紫色のグレープ味のようだ。


「ありがとう」


「うい。俺だけ食ってたら文句言われっかなと思ってー」


「うん、文句言っちゃう」


 ははっ、と男子が小さく笑う。

周りが眠っているからの配慮らしい。

透明の袋から、ばりっ、と棒をひっぱって取ってすぐにキャンディを咥えた。


 べた甘い砂糖味、ほのかなストロベリーの味は後から少しだけ香る。


 走るバスの外は少しだけ曇っていた。

晴れ予報だったのに、距離が違えば天気も違う。

天気も一緒についてきたらよかったのに。


 子供の頃もこんな事を思った気がする、とバスの窓に薄っすら映る自分を見た。

あの時は確か遊園地だった。

まだ遊んでいたくて、まだ暗くないのにどうして帰らなきゃいけないのかわからなく、駄々こねて肩車してくれた父さんの髪の毛を引っ張りながらむすくれていたような。


 すると男子が私の頬を指で、ぶに、と突いてきた。

キャンディを口から引き抜いて、むっ、と頬を膨らませて弾き返す。


「ふっ、疲れた?」


「ううん。ちょっと──寂しいだけ」


「わかるかも」


 男子はずる、とお尻を滑らせてだらしなく座る。

ずっと座りっぱなしなのでわからなくもない。

ちょうろ私と男子の目線が一緒くらいになった。


「楽しかったな」


 とっても、とっても楽しかった。


「うん。クサカ君達の罰ゲームの写真とかね。見て、しっかり保存してまーす」


 携帯電話の画面を見せると男子は両手で顔を覆って、足を浮かせて小さく丸まってしまった。


「いやーっ、それは早く消してーっ」


「嫌よ。引き伸ばしてポスターにしたいくらいなのに」


 保存したままでいいけれどポスターはやめろっ、とまた強く言われてしまった。

ポスターは冗談だけれど、こんなセクシーな男子の写真を消すなんてもったいない。


 これも思い出の、一枚。


「写真っていいわね。花もいっぱい、綺麗だったなぁ」


 色とりどりの薔薇たちと、一緒の班だった皆。

見ていると男子も覗き込んできた。


「外国行ってみたいとか思ったけれど、またここでもいいよな」


「ふふっ、そうね。そういえばモデルの企画、帰ったらすぐなのよね?」


 テスト終わったらな、と男子の顔がまた曇った。

それすらも楽しくて、携帯電話の画面をまたスライドさせる。


 眼鏡橋の写真と、素敵な言葉。


「ここ、お婆様が喜ぶわ」


「そうだったな。そういやお前の婆ちゃん見た事ねぇや」


「離れに住んでるから。会う?」


「うっ……いつか?」


 どうしてそんなにびびっているのかしら。

厳しい人だけれど優しい人よ?


 オランダ色の石畳と、大変だった坂道。


「洋風のおうちってちょっと憧れるわ」


 白に水緑色が可愛くて、絵本でも見ているよう。


「お前ん家はザ・日本って感じだもんな」


 外観はそのままに近いけれど、中はリフォームしていて畳の部屋は減っている。

小さい時はほとんど畳の部屋だったな、と思い出す。


「今は珍しいのかな、私の家みたいなの」


「おう、びびるわ」


 おかしな人、またびびってる。

私は薄く笑って、お菓子の写真のフォルダを開いて携帯電話の画面をタップ、スライドさせた。


 大小それぞれ、形それぞれ、味もそれぞれの、この旅行の味達。


 すると男子がこんな事を言い出した。


「どれが一番美味かった?」


 本当はもっといっぱい食べたかった。

超絶厳選したお菓子達を一枚ずつ全部見て、私は薄く薄くなってしまった棒付きキャンディを男子に見せてこう答えた。


「──


 もちろん今食べてるキャンディもね、とまた咥えたのだった。

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