第296話 棒付きキャンディ(後編)

 あっという間はもう少し。


 楕円形だった棒付きキャンディが細長くなってしまった頃、女子が静かになった。

いつの間にか舐め、食べ切ったキャンディの白い棒だけが左手の指につままれている。

それをくるくる回したり、置き場に困っているのか指遊びしている。


「もう着いちゃうのね」


 ふと女子がそう呟いた。


「もう、だな」


「まだ、だったのにね」


 旅行前、俺らは言っていた。

こんな行きのバスの中、まだ、まだ、と遠かったはずなのに今は、もう、もう、と近いように言っている。


 バスの窓の外は俺らの街の雰囲気に似たところまで来ていた。

もう旅行先の、長崎の景色はどこにもない。

夕方の中盤、暗くなる少し前に着くだろうか。


「ふぁ……」


 珍しく女子が大きな口であくびをした。

もちろん手で押さえているけれど、少しばかり出た涙が光っている。


「眠い?」


「うーん、少し?」


「無理しなくていーぞ?」


 最後のキャンディを舐め切って、かり、じゃり、と噛む。


「ううん、もったいないもの」


 また女子は面白い事を言い出した。

目だけで横を見ると、女子は携帯電話をまだ片手に持っている。


「クサカ君の寝顔の写真撮りたいなーって」


「ばっ──」


「──しーっ」


 思わず大きな声を出すところで俺は慌てて開いた口のまま止まった。

女子も、しー、の口の形のまま止まっている。


「……いひっ。だって部屋違ったし、そういう写真ないじゃない。コセガワ君にも催促したのだけれど撮ってないって言うし」


「言うし、じゃなくて撮るかよそんなもん」


「む。じゃあ逆にどう?」


 逆にとは。


「私の寝顔」


 ……我慢しろ俺ー、ここで欲しいっつったら思うつぼだぁー。

っつーか見た事あっけどね? 熱出した時も我慢こきましたけれどね?


「クサカ君?」


 どうやら俺は微動打にせずに止まっていたらしく、女子が俺の左手を柔く握って揺らしてきた。


「…………見たいけれど、撮らないっ」


「えー」


「いーんだよ、見れた時ずっと覚えてっから」


 それでいいんだ。

だってその写真がどこで誰かに見られるかわからない。

見せたくないから。


「んふっ、じゃあ私もいいわ。覚えてるから」


 ああ、俺も部室で寝てた事あったな、と思い出した。


 俺の手の甲から掴まれていた女子の手を一度解いて、手のひらを向けたからまた女子の手を乗せた。

やっこくて、俺よりもちっこい手だ。

細い指を俺の指の間に絡める。

静かに、恥ずかし気に緩く握り合うと、横目同士で目が合った。


「……やっぱ眠てんだろ」


「どうして?」


「手がぽかぽかしてる」


「クサカ君も」


 慣れねぇんだよー、くすぐってぇんだよー、手汗出ないでくれー。


 すると女子も、手汗出たらごめんね、と言ってきた。

どうやら考えている事は、思っている事は同じらしい。

そして同時にあくびをした。


「……ふはっ」


「あはっ、やっぱり旅行ではしゃぎ過ぎちゃったわね」


 んだな、と言いながら親指で女子の手をくすぐると、くすぐり返された。

そして、女子の頭が俺の肩に倒れてきた。

ふわっ、と、軽く、少しだけ重く寄り掛かってきた。


「──まだ、楽しんでもいいかしら?」


 バスで隣同士、他の皆は眠っている。


「……いーんじゃ、ないっすか?」


 恥ずかしいので、そっぽを向いて俺は答えた。


「ふふっ、じゃあ少しだけ、おやすみなさい……」


 そう言って女子は目を瞑って静かになって数十秒後、寝息を立て始めたのだった。


 ……無防備だなぁ……いや、何もしませんけどね? しませんけど……。


 ※


「──はーあ、やっと着いたくさい?」


 もうバスの窓は見慣れた我が街辺りを映している夕方の終わり頃で、アタシは背伸びをしながら寝起きのあくびを大きく掻いた。

座りっぱなしは性に合わず、お尻ががちがちに固まっている。

すると斜め前の席に座っていたカシワギちゃんがサクラバと一緒になって後ろ向きになっていた。

でっかいのとちっこいのが背もたれの頭から何を見ているのかというと──。


「──コウタロー、見て見て」


「ん? あー……何あれ羨まし」


 今のをスルーして、アタシは微笑んだ。


 シウとクサカは手を繋いで、頭を寄せ合っていて、安心したようにすっかり眠っているのだ。

もうすぐ着くけれどそれまでそっとしておく事にしよう。

けれど、携帯電話を四台構えて──。


 ──はい、激写!

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