第287話 藻塩草(前編)

 旅行中はずっと快晴だと予報が出ていた。

少々熱くも感じる陽射しはさんさんとこの街と私達を温めてくれる。

それが昔、私達が生まれるよりずっと前、陽でも雨でもないものが落ちた。

長く遠い昔話ではないその負の遺産──原爆の跡を今も残している。


「──ここね」


 石橋から歩いてすぐのところにある黒いお店に来た私達はその造りを見上げていた。

古き良き造りの建物は見ていて新しい。


「お前ん家みてぇだな」


「そう?」


 感じがな、と男子は言う。

けれど決してそんな事はない。

こちらの方がもっと歴史がある。


「……これか」


 ノノカが入口の柱を見た。

そこには一本の糸が垂れていて、よく見ると柱のが見えた。

原爆の時もこの建物はここにいたのだ。


 専門の資料館に行けば当時の事がたくさんわかり、学べるだろう。

しかし今、目の前にそれがある。


「興味ないとか言ったけど、考えさせられんな」


 サクラバ君は今、学んでいる。


「……残ってるんだね」


 カシワギちゃんの呟きに私もそうね、と呟いた。


「残してる、かな」


 コセガワ君の言い換えにも頷いた。


「伝えてんだよ。その時を知らないアタシらに」


 ノノカのまたの言い換えに、私は止まった。

私達は知る。

初めてそれを見る。


「……建物こいつはどんなだったんだろうな。空から、落ちてきた時」


 原爆が、降ってきた時。


 私はお婆様からこのお店を聞いていた。

修学旅行ならしっかり感じてきなさい、と。

教科書やテレビ、インターネットでは触れる事が出来ないものが入ってくるから、と。

言われた通りね、と私は息を吐いた。

現地に来ないとわからない事、見えない事はたくさんある。

さっきの石橋だってそう、私はもっと大きなものだと思っていたけれど実際はそれほどの大きさではなかった。

そういう、自分の見え方を変えてくれる。


 お婆様が言った通り、私達は振れた。

触れて──響いた。

私の、中に。


「入りましょうか」


 いつまでもお店の前にたむろしているのも迷惑になるわ、と一拍、手を叩いた私は先にお店にお邪魔する。

外観と同じように昔の姿に似た内装はどこか懐かしい匂いがした。

そして甘い匂いがしてきた。


 ここは和菓子屋さんで、お婆様にお土産として頼まれたところでもある。


「よかった、あった」


 私の目的は、珍しいこの和菓子だ。


「なんか酢昆布に似てる……」


「昆布は正解。けれど甘いのよ」


 海に面するこの土地ならではという感じがするこのお菓子は、白い砂糖がびっしりとついていて、海藻をイメージした昆布の深い緑色をしている。


 昔、塩をつくる時に海藻を利用していたとかで、それに似せた藻塩草という和菓子は面白い。

和菓子も歴史があって、藻塩も今では珍しいかもしれない。


「藻塩かー」


 さすがコセガワ君、知っていたようだ。


「これも昔からの伝えるお菓子、みたいな?」


「そうかも。砂糖たっぷりなのも長崎っぽいし」


 昔、砂糖は贅沢品だった。

それが長崎から全国にと伝わって、今では砂糖は普通の品となっている。


「お菓子好きのシウには有難い話だねー」


「ふふっ、そうね。開国ありがとう、昔の人」


 そう話していると、お店の方が試食を勧めてきた。

もちろんお土産に一つ買うつもりでいたけれど、遠慮なくいただきます、と私達は藻塩草に似せたそのお菓子を爪楊枝で刺した。


「いただきます」


 ……不思議な組み合わせ。


「んー……もっちもちしてる」


「んでもこのなんての? むつんっ、って噛み切れる感じ楽しい」


「噛めば噛むほど口ん中めっちゃ昆布ぅ」


「磯の味っての? んでも、あっま……これは好みわかれるな」


「僕は好きー。渋めのお茶と食べたい」


「ええ、私もお茶とセット希望」


 近くの海と、海を開いて、たくさんの出来事を乗り越えてきた昔ながらのお菓子を私は、ひと箱ください、とお店の人に言い、もう一つ試食品をいただいたのだった。

むつん、もちもち。

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