第286話 ちりんちりんあいすくりーむ(後編)
川べりへと階段を下りると、また景色が違った。
さっき渡ったばかりの石橋を下から見上げる事は初めてで、見下ろしていた石垣は随分背が高いのだと実感した。
流れる川の音も近くて、薄っすらと覗き込む私の姿を映す。
「落ちんなよ?」
「大丈夫、そんなドジじゃないわ」
どーだか、と男子は自然と川の方を歩いてくれた。
今日も優しいジェントルだ。
人が一人、二人並んで歩けるくらいの幅しかない川べりのそばには、積まれた石がひんやり、としている。
この石橋は昔、水害で一部が流れてしまったと聞く。
それでもこうやって架け替える事なく、昔の姿でいてくれる。
「あいすくりーむと一緒だな」
「ふふっ、そうね。私が大人になってもあるといいな」
過去には色んな事があった。
未来も色んな事があると思う。
それでも今の、数秒前の事がまたあってほしいと願う。
「美味し」
その時、前を歩いていたカシワギちゃんが何かを見つけたようではしゃいでいた。
「あった!」
何が? と皆も集まる。
「ハートの石! パワースポットなんだって!」
そこには綺麗な形のハートの石が埋め込まれていた。
「うへぇ、女ってこういうの好きだよなぁ」
む、サクラバ君が興味ないってだけでしょう?
「僕は男だけど結構好きだよ?」
ほら、コセガワ君はそうだって。
「アタシは興味なーい」
ノノカは……うん、そうね。
「俺はどっちでも。あと夢壊すけど、これって水害工事の時の職人の遊びだろ?」
クサカ君は余計な一言が多い人ねぇ。
するとカシワギちゃんが、そうだけど! と息を巻いた。
「いいのーっ、ハート可愛いでしょっ?」
確かに可愛いし、カシワギちゃんがすぐに見つけたけれど探すのも楽しいだろう。
「こういうのは気持ちの問題っ。信じたもの勝ちっ!」
「わーかったっ、ごめんごめん、どうどう」
「私は好きよ?」
「クラキちゃーん……」
下がり眉のカシワギちゃんは私の腕を組んできた。
「はいはい、そんな顔しないの。せっかく楽しんでるんだから皆も水を差さない。わかった?」
はーい、とまとめたところで携帯電話を取り出した私は男子に渡した。
カシワギちゃんを真ん中に両隣に私とコセガワ君が並ぶ。
「何でこの三人?」
「信じてる組。そっちは信じてない組」
確か、恋が叶う、とか。
このハートの石は色んな人とこうやって写真を撮っているだろう。
私の恋はもう叶っているけれど、この写真を見た誰かにお裾分け、という意味も込めてハイチーズ。
あと冷やかした三人に意地悪を込めて。
「……ん? 好きな人いないのにこの石見つけても意味ないんじゃ?」
あー……気づいちゃいましたか。
私は、すっ、とカシワギちゃんの隣から離れて写真を確認する。
「ありがとう。撮るの上手ね」
石に恋を頼む三人。
片手に食べかけのあいすくりーむ。
後ろに映る、ハートの石。
「ふふっ。恋、叶うかしら」
残りのあいすくりーむをひと舐めして男子に聞いてみる。
もちろん意地悪を込めて。
すると男子は少し笑って──。
「──誰と?」
と、意地悪な返しをしてきた。
前を歩く男子はすでにあいすくりーむを食べ切っていて、サクラバ君と地図の確認をしている。
少し前──少し、先の男子を見た。
私は、たたっ、と小走りで男子が背負っている新しいリュックを掴んだ。
「──明日のあなたと」
この場所じゃなくていい。
どこでもいい。
ハートじゃなくていい。
どんな形でもいい。
言葉も、何もいらない。
こうやって顔を合わせて、目を合わせて──笑い合うだけでいい。
すると男子は私の手を両手で挟んでこう言った。
「もう叶った」
「え? ──あ」
去年の文化祭の時に、やれた、って言ってくれた同じが今、起きた。
これから起きる事をもう過ぎたみたいに言っちゃうこれは、男子の不思議な力が宿っている気がする。
「な?」
前の、昨日の、今の顔で男子が微笑む。
「……うん、叶っちゃった」
何回、あなたに恋をしたらいいのかしら。
けれどその度に叶うのなら、何度だっていいわ──なんてね。
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