第285話 ちりんちりんあいすくりーむ(前編)

 路面電車から降りて、約十分ほど歩いてきた場所は、晴れた空を映す川は極静かで、そして観光客が結構いる。

俺ら修学旅行生はもちろん、外国からの観光客もちらほらいて大変賑わっていた。


 ここは日本最古のアーチ式の石橋という観光スポットだ。

もちろん俺も知ってるくらい有名で、教科書にも載っているのを見た事がある。

少し前に女子が言っていた──画面の中の事が本物になる、というのを今、俺は感じていた。


「……なるほど、眼鏡」


 アーチ式の石橋はその姿が川に映されて眼鏡のように、丸いレンズのように見える。

隣で眺める女子も早速携帯電話で写真を撮っていた。


「眼鏡に映らなくても素敵ね。石垣とかいい感じー」


 その声の通り、女子が好きそうなここの雰囲気は俺も同意する。

レトロでのどかな感じは俺の街にはないものだ。

これが何百年前のものというのだから、凄い。

新しいものもいいけれど、古いものもいい。


「懐かしい気持ち」


 女子が呟いた。


「初めての場所なんだけれど……うん。なんか、そんな感じ」


「なんじゃそりゃ」


「なんか、なの。そばにあってほしい、みたいな」


 それはわからなくもないような気がする。

ゆっくりと川を眺めていたいような、そんなやつだ。


「……黄昏たそがれたり?」


「ふふっ、じゃあ私が迎えに行くわね」


「ん?」


 かれがあなただと分かるなら、と女子は微笑む。

気づいた俺は、ああ、とため息を返した。

多分女子がそうしていたら、俺もそうする。

しかし今は午前中、夕暮れの石橋はまた別のいい感じなんだろうな、と想像する。

しかし俺達の目的はこの場所ではなく──。


「──あれじゃない?」


 と、写真を撮り終えた女子が見つけて指を差した。

そこも割と人だかりが出来ている。


「何かある時は人を見るの」


 なるほど、と人だかりを目指して歩くと、それが見えてきた。


 車輪がついた小さな移動販売の手押し車。

その名前の由来であるくすんだ金色のハンドベルが一つ置かれている。

これが名前の由来になったとか──と、すでにサクラバ達が並んでいた。

俺らが黄昏ていた間に、早い。


「お前らどれがいい?」


 味と、盛り方があるらしい。


「白いバラで」


「俺も白のプレーンで……チューリップ?」


 おけ、と人だかりを離れて待つ事にした俺達は柳並木の下に移動する。

その間、女子は何枚も写真を撮っていた。


「めっちゃ撮るのぅ」


「ここはお婆様に頼まれたから」


 おばあさまっ。


「随分昔に来た事があるんですって」


「このあいすくりーむも?」


「ええ、お爺様と一緒に……お婆様をなぞってるみたいで嬉しいな」


 そう言いながら女子は俺を横目で見てきた。


 俺が、爺様?


 女子は言う。

修学旅行ではないけれど、二人の旅行でこの辺りを歩いたのだと。

川べりをお喋りしながらゆっくり歩いて、ベルが聞こえて冷たいあいすくりーむで休憩したと。


「……じゃあこのあいすくりーむも写真に撮んなきゃだな」


「当然──あ、きたきた」


 お待ちかねの本日の食巡り、スタート。


「写真撮ったわね? では、いただきます」


 女子の一声で皆それぞれひと口──一片ひとひらを食べた。


「お、初めて食うのに懐かしい味っての?」


「うんうん、シャーベットみたいな?」


「ちゃんと甘いけど後味さっぱりだねー」


「これヘラで盛ってくれたんだけれどすんごいの。早くて職人技だったわ」


 それは見たかったかも、と女子の感想に皆が注目する。


「昔の人もこうやって食べてたのかも」


 こうやって石橋を渡って、川を眺めて誰かと──好きな人と、人達と。


「……かもな」


 また一片食べていると、川べりに降りれる階段を見つけた。


「下、行ってみねぇ?」


「いいねぇ、このまま食べ歩きしよっか」


「うんっ」


 はしゃぐ女子達の後ろを俺は歩く。

そして指で眼鏡のように丸を作って、その円から覗いた。


 片手にあいすくりーむ、はしゃぐ人達、振り返る女子。


 この石橋もこんな風に見ていたのだろうか、と俺は柄にもなく感傷的になるのだった。


 ハロー、眼鏡橋。

今日の景色はどうだい? なんつって。

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