第288話 藻塩草(後編)

 口の中がまだ甘い。

コセガワが言ったように渋いお茶を飲みたいところだけれど、これから俺達はまだ歩く。

さっきお店の人が言っていたのはこの辺りの方言、訛りでなんて言ったか──。


「──さっさとよーっ。まーだ行きたいとこあんだからーっ」


 へーい、と俺達は先を歩く女子達の後を追う──歩く。

方言で、さるく、と言うらしい。


「なんか方言とか訛りっていいよな」


 頭に手を組んで空を見上げた。

晴天、やや暑い。


「クサカは結構使ってるんじゃない?」


 さっき携帯電話で撮った写真を確認するコセガワが、画面をスライドさせながら言う。


「そ?」


「たまーにな。俺も言うけど」


 サクラバも地図を団扇うちわのように扇ぎながら言う。


「あー……んでも語尾につけるくらいじゃね?」


「べ?」


「べ」


 これも方言とか訛りかって言ったらそうだけれど、そんなに強くはないはずだ。

同じ日本語、けれどその土地の言葉だ。

ここでは皆が交わす方言や訛りも俺らからすれば、外の国の言葉のようにも聞こえてくる。


「──どうせなら海のそばとか歩きたかったなー」


 唐突にコセガワが言った。

確かに海の近くにも色々見て回るところはあったのだけれど、俺らの班では海の近場に行く予定は立てていない。

高台の場所からなら遠くに海が見渡せるかというところか。

あれもこれもとなっては時間も体力も圧倒的に足りなかったのだ。


「学校の近くに海あったらなー」


 サクラバものってきた。


「部活ん時のランニングとかよ、住宅街走るよか気持ち良さそー」


 ドラマとか漫画とかでよく見るやつだ。


「青春くせー」


「波の音聞きながらとかいいべ」


 わからなくもないけれど、俺は歩きたい、さるきたい。


 俺らが住む街は海は遠い。

近くに海があったらというのは、結構憧れる。


 例えば、帰り道、女子と歩けたら、とか。

潮風に靡く髪とかスカートとか、夏だったらさっきのあいすくりーむ片手に買い食いしたい。

浜辺があれば裸足で、靴とか振り回しながら。


 例えば、暇を持て余した休日とか。

穏やかな波を見ながらとか、冬だったら温かいペットボトルを両手で握って待ち合わせしたい。

以前しくった、待ち合わせ時間よりも前に、女子よりも早く着いておく。


 ……シウちゃんありきで考えんの、最近多くね?


 軽くおでこを指で掻いた俺は、いつか、なんて妄想を終了させた。

前を行く女子達は周りを見ながら楽しそうに笑い合っている。


「──あいつさ」


「シウちゃん?」


 コセガワがにやけながら女子をそう呼んだので俺はなんとなく、てん、てん、てん、と黙ってしまった。

昨日のしまった発言にまた波を立てるとは上等だ。

しかしなんというか、俺以外がそう呼んでいるのを聞いた事がないので少しばかり、もやっ、とした。


「なんて顔してんの。独占欲強過ぎる男は嫌われるよー?」


 こんな顔にしたのはお前だコセガワ。

それよりも気になる事が出来た。


「いやー? クサよりコセの方がじゃねぇの?」


 それ、サクラバそれ。

コセガワには言われたくない、それ。


「僕はノノちゃんにさえ嫌われなければ世界平和なんで」


「危ういんじゃね?」


「この僕だよ? ぎりぎりを攻めて楽しんでるに決まってるでしょ」


 不敵な笑みが、つよっ、こわっ、と思った。


「そんでクラキがどうしたよ?」


 話を戻してくれたサクラバに俺は、ふっ、と息をついた。

また前を行く女子達を見る。

俺達がついてきているか、体半分だけ振り向いている。


「……いや、なんでもね」


 きっと前のままの女子だったらこうやって振り返る事はなかっただろう。


 凪だったあいつの海は今、揺れている。

小さく、時に大きく──俺が見ている時も、知らない時も。

悪くはとらない。

女子にとってその波がどんなに乱すものだとしても。


「──よかったね」


「へ?」


 コセガワは俺が言わんとしてる事がわかっていたのか、察していたのか、そう言った。

サクラバも俺の腕を裏拳で軽く小突いて、揺らした。


「行くべ。あんま遅れっとまーたかしましくなんぞ、あいつら」


 それこそ危うい、と俺らは急いで女子達までのだった。

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