第269話 塩ヌガー(前編)

 ショッピングモールの屋上庭園は休憩中の人がまばらにいて、俺らもそれらの人に紛れている。

角際のエル字に設置されたベンチに座った俺の斜めに、大人しくついてきた二人は立ったままでいた。


「まぁ座りなさいや」


「……失礼します」


「……失礼します」


 礼儀正しいじゃないの、と少しにやける。

さて、どう切り出そうかと俺は空を見上げた。

残念ながら曇り空、一雨来そうだ。


「──あのっ」


 三つ編みの女の子が先陣を切った。

ちなみに並びは俺、右前に男の子、そしてその隣に三つ編みの女の子だ。

外見判断だけれど幼い感じは一年生と見た。


「あの、誰ですか?」


 それ大事。


「あいつらの友達、って言えばわかる?」


「……あいつら?」


 俺は、はっ、と笑って携帯電話の画面を操作して、二人に見せた。


「君らが見てただよ」


 喫茶店内で女子と撮った写真はもちろんミツコにもライーンしたけれど、本当の理由はこっちだ。

携帯電話の画面をスライドさせて、二枚目、三枚目も二人に見せる。

友達と仲良く写真を撮る振りをして、俺はこの二人の事も撮っていた。

携帯電話の角度を変えて、自然に、何気なく。


「俺はアマネレン。高三」


「……盗撮ですか?」


「ごめんねー。良い被写体だったもんで」


 隠れるように覗き見していたこの子ら二人をあいつらは気づいていない。

そして三つ編みの女の子が諦めたか、話し出した。


「すみません、気づかれてるとは思いませんでした。クラキ先輩と同じ書道部の一年のハギオといいます。アマネ先輩──」


「──レン先輩でいーよー」


「……アマネ先輩は、同じ学校の人ですか?」


 まだガードは硬いか。

それに私服じゃわかんねぇか、とベンチの背もたれにもたれかかった俺は、そ、と答えた。


「実はあたし、クラキ先輩の事苦手で。ちょうどその話をしていた時に先輩達を見かけたのでそのまま見てしまっていました」


「挨拶くらい別にどうって事ないんじゃ?」


「気まずいのがわかりませんか?」


 苦手だからという理由は聞いた。

ただ今の言葉の強さが引っかかった。

他の理由がこいつらには、ある。


 例えば、さっきから一向に喋れないこっち。


「──デートの邪魔されたくなかった?」


 俺は男の子に、にや、と笑ってみせた。

するとすぐに返ってきた。


「違います。これはただのクラスの奴です」


「そうです。はただのクラスの奴です」


 これは本気の強い言葉で、嫌そうな二人の顔に俺はさらに笑ってしまった。


 ──さて、本題。


 出したままの携帯電話に俺はもう一度、二人を撮った写真を見た。


 ……ん。

やっぱ、気になんのはこっちだな。


 すると切り出す前に、ハギオさんが男の子に言った。


「カジも自己紹介しなよ。あたしばっか喋ってんじゃん」


 ──


「お前、カジっつーの?」


「……はい。カジミヤビといいます。リョウちゃ──クサカ先輩と同じ、天文部の後輩です」


 あー…………わかった。

すげぇ、わかった。

多分だけれど、そうだと思う。


 そっかー、と何でもない風に答えて、重むろにジャケットのポケットに手を入れた。

喫茶店で無料試食品だというので貰ってきたキャンディ包みにされた塩ヌガーが指に当たった。


「カジって兄ちゃんいるー?」


 やっぱ、言う。


「いますけれど、何でですか?」


 ──あいつらを見ていたカジの目は、先輩を見る目じゃなかったからだよ。


「……クラキに何の用?」


 リョウの後輩というのはさて置く。

あいつが面白い後輩と言っていたのはこいつ、カジの事だ。

けれどそれは今、ここにはない。


 カジは驚いた顔を見せてから、目を逸らした。

まさか言い当てられるとは、といったところか。


 俺は以前──バレンタインの前に、クラキと二人で話をした。

俺らそれぞれの事を話した。

クラキの亡くなった姉さんの事も話した。

その姉さんと付き合っていた彼氏が、カジさんって人だってのも聞いている。

色々話してくれた。

まだリョウにも言えない事も、俺は聞いていた。

その時は優越感に浸らなかったと言えば嘘になる。

ただ、クラキは俺に話せて良かったと言った。

俺も聞けて良かったと思っている。


 これは俺とクラキの秘密事だ。

リョウにも、誰にも話すつもりなんてなかっただろう。

もちろん俺もだ。

なのに今、その関係者がいる。

そして一番気になるのは、クラキがカジさんに弟がいるという事は何も言ってないって事だ。

もしかしたら知らな──。


「──アマネ先輩は知ってる人なんですね」


 思考が遮られ、どきり、と心臓が跳ねた。

そしてカジは続けて言った。


 クラキを見ていたあの目で──冷たく、放った。


「クラキシウは俺を知りません。俺はそれが許せない──嫌いだ。あんなひと


 俺はこいつらに声を掛けた事を後悔した。

けれどもう踏み入れた足は、抜けない。

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