第261話 ボーロ(前編)
こういう日が来ると三年生だけではなく、受験生でもあるんだな、と実感する。
先日から放課後、教室に残るクラスメイトが多くなってきた。
それは出席番号順に進路相談が行われているからだ。
正直面倒くさい、というわけにもいかないので、腹ごしらえしましょう。
「おやつターイム」
私は今日のお菓子を片手に男子の席の前に移動した。
他のクラスメイト達は今の内に課題を終わらせようとしていたり、ヘッドホンをつけて音楽を聴いていたりと、それぞれ席に着いている。
男子はというといつも通り、週刊漫画をバッグから取り出したところだった。
「今日のお菓子は何ですかい?」
「ボーロですよ」
小さくて丸くて、小さい頃のおやつと言えばこれだった気がする今でも大好きなお菓子だ。
「懐かし。ちっこい頃のおやつの定番じゃん」
どうやら男子も同じらしい。
「今日の飲み物は何ですかい?」
「缶珈琲微糖ですよ」
さすがにこれは大きくなってから、と笑いながらウェットティッシュで手を拭く。
「いただきま」
「ま」
小さい頃は一粒が大きいと思ったのに、大きい今は一粒が小さいような気がする。
男子を見ると何粒かまとめて、がっ、と一気に食べていた。
一粒では小さい、追い二粒目でもうちょっと、追々三粒目でちょうどいい量で、ざく、ざくざく、と噛んで、ほぐれて、柔らかい甘さが口いっぱいになった。
「進路、進学だたよな」
あんまり甘くない缶珈琲で、ごくん、リセット。
「うん」
「シウちゃんは面談すぐに終わりそー……」
それはどうかしら、と私はまた缶珈琲に口をつけてそのまま横目で男子を見た。
ちょっとお菓子を食べるペースが速いのでは──ああ、六限目が体育だったせいか、そんな私もいつもよりお腹に空きがある。
「三年生になってからは初めてだけれど、二年の時もやったじゃない」
「そーだけどさー」
先に男子が面談の順番が来る。
その後に私の番だ。
するとクラスメイトが一人、面談室から帰ってきた。
あと二人──あと一人で男子の番だ。
「……二年の時はさ」
男子が話し始めた。
「何となくっていうか、ふわっふわに考えてたんだよね。
私も焼けてないお菓子のように、まだ混ぜてる段階のような、どろどろ、だった。
「それが形にしなきゃ、みてぇな。どんな小さくても」
私はボーロを一つ手に取る。
小さくてもちゃんと焼けてて、完成されたお菓子になっている。
「私も、同じよ」
「へ?」
「まだ小さいの。それもたくさん」
袋の中にはボーロがまだまだたくさんある。
どんどん少なくなっていくのは私がここ、学校にいる間に日数、そして選びきれない選択肢の数々だ。
それでも私は一人しかいなくて、一つだけしか選べない。
「……なんて、大丈夫な気がしてるわ。オオツキ先生だし」
私達のクラスの担任の先生はオオツキ先生こと、オオカミ先生になった。
男子が頬杖をついてため息をつく。
「まぁ、うん」
私も男子も部活動の顧問でもあるし、風紀指導の先生でもある。
「ずばっと言ってくれそう」
「ははっ、だなー」
「いつにも増して先生の目の下のクマが酷かったの気づいた?」
一番前の席だと教卓にいる先生の顔面がよく見える。
新入生が入って、部活動を幾つも兼任して、風紀指導に、実力テストの採点、そして私達の進路相談。
もちろん授業もある。
いつものオオカミのような目つきも鋭さが増すのも納得だ。
私は男子を目を合わせた。
「……教師ってすげぇ」
「うん。尊敬するわ」
まだ途中の私達を導いてくれる大人の先生達。
それなのに私達は迷って、悩む。
私はまだ決めていない、いいえ、決められない。
進学なのか、就職なのか。
私は何を学びたいのだろう、私は──どうなりたいのか、まだわからない。
「──へいへーい」
目の前で手をひらひら、と男子がしてきて、私は思わず顔を上げた。
「今からそんな顔すなー。だから相談するんだろ?」
「……うん」
そうしていると男子の前の出席番号のクラスメイトが戻ってきた。
「ほんじゃ、行ってきま」
「行ってら」
男子の背中を見送って、私はまたお菓子を一粒食べた。
私はまだ聞いていない。
男子は進学なのか、就職なのか──どこに向かうのか。
私達の道は一つじゃない。
同じじゃ、ない。
私はボーロをかりっ、と噛んだ。
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