第260話 ラムネ玉(後編)

 メイク道具とやらがいっぱいあって、俺にはどれがどれだか全然わからない。

けれどニノミヤさんはあれこれ考えながらも的確に選んでは使っていく。

その顔は真剣で、楽し気で──カトウの事はお構いなしだ。

カトウの般若のようなオーラが後ろにいる俺でも感じるのに、それにも気づかないほど集中しているのはある意味凄い。


 俺は斜め後ろからカトウに聞く。


「カトウ、どんな気分?」


「ベタベタするしコショコショするしチマチマチマチマやってないで一気にガッてやって欲しいし小道具が全部凶器に見えて落ち着きません。つまり最悪です」


 早口声ちっさ。


「大変なんだな、メイクって」


「だから楽しいんですぅ。ほら、どうですか?」


 ニノミヤさんはカトウの顔を手で挟むと俺らに見えるように、ぐぎり、と回してきた。

ご愁傷様である。


「か、カトウ君大丈夫?」


「だいじょばないです……」


 でしょうね、と俺とコセガワは心配する。


「ふーん、カトウって肌白いんだな」


 今のは見ていなかったのか、タチバナは心配をしない。

それに俺も気になったのでカトウの顔をまじまじじろじろ見てやろうとしたけれど、このむすくれた顔が判断に困った。


「そういえばニノミヤさん──」


「──呼び捨てでもクラゲでもいいですよー」


 何故、クラゲ、というあだ名なのかを聞いてみると、イチノセが命名したとか。

髪の毛が今よりもずっと、泳ぐクラゲの足みたいにうにょうにょしていたかららしい。

じゃあ──。


「──クラゲちゃん」


「何ですかー?」


「最近可愛くなったよな」


「へぇっ!?」


 え? 何か不味い事でも言ったか?


 コセガワもカトウもタチバナも俺を怪訝な顔で見ている。

すると顔を赤くしたクラゲちゃんはメイク道具をがちゃがちゃしながらこう言った。


「え、えへ! お世辞でも嬉しいなぁ……ガサツとか乱暴者とか男女とかしかいわれた事なかったから」


 俺が知らないところでクラゲちゃんも色々あるようだ。

最初は元気な後輩という感じ、最近の彼女は随分女の子らしく俺は見える。

綺麗で可愛いメイク道具を持っているからだろうか。


「……クラキ先輩も苦労しますね」


 何で女子が出てくるのか、俺はタチバナを見た。


「よくほいほい可愛いとか言えると思って」


「別に言うべよ。だって妹みたいだし」


 なー、と俺はクラゲちゃんの隣に映ってふわふわの頭を撫でてやる。

すっげぇ癖っ毛だ。


「ひゃはー! マジで兄ちゃんみたいです! アタシ、兄ちゃん三人いるんですけれどね!」


 クラゲちゃんは気にする様子もなくはしゃぐ。


「……すげぇ兄属性と妹属性」


 属性じゃなくてれっきとした兄なのだが。


「そういう二人は弟属性でしょ?」


 姉がいます、とタチバナとカトウは言う。


「いいなー。一人っ子からすると憧れ」


 俺は三歳から兄をやっているので一人の時はあまり覚えていない。

そういうもんかね、というのが正直な感想だ。

するとクラゲちゃんはカトウの顎をくいっ、と持ち上げて、もうちょっとだから! と続きを始めた。

カトウは舌打ちやめてやれ。

するとラムネ玉を片頬に丸く寄せて、じっ、とカトウを見下ろすタチバナに気づいた。


「──うん、決めた。クサカ先輩ちょっと」


 手招きするので一歩前に出ると顎に指を添えられて、くいっ、と上げられた。


「……まぁまぁかな」


「あん?」


 褒められてんだか、けなされてんだか。

とりあえずコセガワは引き笑いしながら写真撮んのやめろ。


「コウさんもちょっと」


「へ?」


 俺の時とは違い、顎をくいっ、とではなくて、頬を挟むように、がっ、と掴まれて引き寄せられたコセガワに俺も笑い返す。

しかしこう並べられて、じぃぃぃっ、と見られると段々不安になってきた。


「タチバナ君何してんの? 楽しい?」


 俺らはあんまり楽しくない。


「これから楽しくなるかもって事を考えてる」


 何をするつもりなのか。


「ロクな事じゃねぇな……」


 カトウに完全同意する。


「でーきた! カトー君お疲れ様ありがとう!!」


 メイク練習が終わったらしく、はぁー、とカトウが深いため息をついた。

そしてタチバナは俺達から手を離すとクラゲちゃんと、ひそひそ、と内緒話を始めた──と思ったら、クラゲちゃんがすぐに大声を出した。


「──何それやりたいやりたい! でもでも、アタシで大丈夫かなぁ?」


 やる? 大丈夫って、何か勝負でもすんの?


「そこはイチノセとも要相談って事で。とりあえずテスト」


 すると今度はタチバナがカトウの顔を手で挟んで、ぐぎり、と回して俺達に見せてきた。

確かに白い肌に赤が強い口紅、綺麗な色がついた目元が切れ長の鋭い目つきをさらにきれっきれに見せていた。


「これ見てどうですか? 先輩方」


 俺はコセガワは口を揃えてこう言った。


「──抱ける」


「──抱ける」


「はぁ!?」


 冗談だというのに力強い反応に俺達は大いに笑った。

そしてちょうどその時、部室に入ってきた二人がいた。

女子とノムラが、扉付近で立ち止まっている。


「……ノノカの彼氏が浮気してるわ」


「……シウの男、浮気してんね」


 やめろぉ!! と俺とコセガワは慌てて弁解するのだった。


「………………俺を巻き込まないでくれませんかね。頼むから」


「とりあえずイチノセ、合格」


「いえーい! やったー!!」

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