第223話 フォンダンショコラ・ベリー(前編)

 リスタートバレンタイン、現実。


「…………違うな」


「……開口一番に違うと言われましても」


 はっ、とした俺は夢を忘れて、よ、と夢と同じように言った。


「よ。眼鏡お揃いね」


 女子は伊達眼鏡をつまんで上げてみせた。

聞けば、休日だから俺が眼鏡のままかも、という事で掛けてきたそうだ。

ついでに格好は黒タイツでもブラウスでもなくて、デニムのズボンにニットだった。

大判のストールを肩に掛けていて暖かそう。


「なーに? どこか変?」


「い、いや。どーぞ、いらっしゃい」


「ふふっ、いらっしゃいました。お邪魔します」


 背が高い靴は同じで、髪の中から、ちら、と見えたイヤリングも同じで、女子の手にある紙袋も同じだった。


「そうそう、これ。玄関先でなんだけれど、バレンタインチョコレート。はい、あげるー」


 ラフな言い方に照れくさそうな顔は予想外、というか、夢外。


「……フォンダンショコラ?」


「えっ? どうしてわかったの?」


「な、なんとなく? とにかく、さんきゅ。DVD観ながら食うべ?」


 紙袋を受け取った俺は中を確認すると、手作りっぽいカップが五つあった。

靴を脱ぎながら女子が言う。


「良ければご家族にも。今日はいらっしゃるの?」


「皆出かけてんよ。夕方には帰ってくると思うんだけれど──」


「──じゃあそれまで二人きりね?」


 上目遣いに瞬間、俺は沸騰した。


「あは、変な顔。何もしないから安心して」


 ……俺が何かするかもしれないのでそういうのはやめてくれませんかね!? ほんとにこいつはもう……お誘いですかぁ!? わからん! どっちだ!?


 ※


 女子が手作りしてくれたフォンダンショコラは、中にラズベリーソースを仕込んであるそうで、夢と同じように電子レンジで温めて、俺は珈琲を淹れていた。

そして俺の部屋に行って、女子は適当に腰を下ろした。

それはちょうどベッドのそばで、女子はベッドの下を覗き込んでいる。


「何もないわね」


「ねーよ!」


 定石かと思ったのになぁんだ、と笑う女子は機嫌が良い。

きっと健全ではない本をお探しだったと思うのだけれど、それはクローゼットの中に避難させている。

ちなみに白いブラウス云々の格好はその本の表紙のお姉さんが着ていたもので、気づいた時にはクローゼットにぶん投げた。

ほんとは、そぉっ、と非難させた。


「観てる間、部屋、暗くする?」


「ううん。目、悪くなるもの。それにお菓子もちゃんと見てほしいし」


 そか、と俺は女子の右隣に座ってリモコンを操作する。

本編前の予告はしっかり見る派らしく、では早速、と女子の手作りバレンタインフォンダンショコラにスプーンを入れた。


 しっとり、ややどっしり、としたスプーンの感触から掬うと、とろり、と溶けた赤いソースが出てきた。

大きく一口、チョコレートの濃厚な味と、ラズベリーの甘酸っぱいのが混ざり合って──。


「──どうかなぁ?」


 俺は、うんうん、と頷いて、続けてもう一口食べる。


「良かった。初めて作ったけれど成功ね」


「これ、マジで美味いぞー」


「さすが私ね」


 おおう、見なくてもドヤ顔がわかった。


「はいはい」


 そう長そうとしたら女子は、じっ、と横目に見てきて──。


「褒めて?」


 ──催促してきた。

これが正解かわからないけれど、行儀悪くスプーンを咥えたままフォンダンショコラをテーブルに置いて、空いた左手で女子の頭を撫でた。


「えへ、美味しいね」


 女子は目を細めて笑っていて、フォンダンショコラーをまた一口食べた。


 …………んぁーっ!! 今は現実で合ってますかー!? 夢じゃないですよねー!?


「ぬぅん!!」


「びっ、くりしたぁ。どうしたの?」


 あ、声に出してたぁ。


「な、何でもねっす」


 すると女子が珈琲を飲もうとした。


「こ、こぼすなよ? 俺も動かん」


 きょとん、と見る女子に俺は、しまった、と思った。


「や、やっぱ何でもないっす」


「変なの。夢でも見てるみたい」


「えっ!?」


「もうっ、何なの? 上映中はお静かにですよ?」


 す、すいません、と俺は大人しく珈琲に口をつけて横目で、ちら、と女子を見る。

もちろん女子は珈琲をこぼさなかったので、夢通りではなくて安心したような、しないような、複雑な心境に俺は現実に悶々とするのだった。

んぁー。

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