第222話 フォンダンショコラ(後編)

 お茶淹れるから先に部屋に行ってて、と言うと女子は、私もお手伝いするわ、と俺についてきた。

俺の家の中に女子がいるというのは不思議で、奇妙で、また、そわそわ、としたのを背中に感じた。


「今日、おうちの人は?」


 前を向いたまま俺は答える。

父さんはスポーツサークルとかで卓球をしに行っていて、母さんはダンス教室の生徒のおばちゃんと出かけていて、ヨリは部活に行っている。


「残念。ご挨拶したかったのに」


「いーよ、別に」


「どうして? クサカ君はしたのに」


 台所に到着して、紙袋を机に置く。


「そりゃ……するだろ?」


「ね? じゃあ次の機会にね?」


 後ろ手にバッグを持ったままの女子は微笑んだ。


 ……たまらーん、何じゃこりゃー。

すっげ恥ずーい……ん!? って事は偶然ながらも当然にクラキと二人きり、という絶好のチャーンス…………いやー、いやいやいや! 何考えた俺ー、しっかりしろー? そういうのはあれでその色々、あの、ね!?


「どうしたの?」


「…………うん!?」


「固まってたわね。そうそう、これ、少しレンジで温めると中のチョコがとろけていい感じになるはずなの。DVD観ながら食べるでしょ?」


「お、うん。んじゃお供は珈琲で。インスタントだけれど」


「ありがと。レンジ借りるわね」


 女子は手を洗って、せっせとフォンダンショコラを電子レンジに入れる。

台所で、ぱたぱた、歩いている。


「──ふっ」


「ん? なーに?」


「いや、何かいいなって思って。こういう感じ」


「私が遊びに来る感じ? まだお邪魔して数分よ?」


 そうなんだけれどさ、と俺はマグカップを棚から出す。


 例えば、女子を待っていた数分間、女子がフォンダンショコラを温めている数十秒間、女子と目が合うコンマ一秒間。

そんなので俺は簡単に、蕩けてしまうわけで。


 ……頑張れ、俺。

耐えろ、俺。


 ※


「──残念。散らかってたらからかおうと思ってたのにとても綺麗」


 ちぇ、と女子はコートを脱ぎながら部屋のあちこちを見る。

中は白いブラウスでしたか、と、ちら、と見たりする俺。


「あんま見んなやー」


「はーい。ちぇ」


 素直なのか素直じゃないのか、今度はどこに座ろうか、と床を見出した。


「こっち」


 と、俺は女子を誘導する。

ベッドを背にした位置だと疲れにくいだろうし、テレビも真正面に来る。

その右隣に俺も座る。


「珈琲、先にいただきます。ちょっと寒かったの」


「どーぞー」


 リモコンを操作して、セット済みのDVDも再生する。


「ん? 部屋、暗くしないの?」


「映画館みたいにか?」


「うん。私いつもそうなの」


 じゃあそうしますか、と俺が立ち上がった時──アクシデント発生。


「──あっ」


 ちょうど珈琲を飲もうとしていた女子の肘に、立ち上がった拍子の俺の腕が当たってしまったのだ。


「げっ、ごごごごっ、ごめんっ!」


「だ、大丈夫だけれど、ちょっと熱い、かな」


 手に、首に、白いブラウスに珈琲がかかってしまった。

熱い、火傷!


 俺は咄嗟に女子の口や首を袖口で拭っていた。

そして白いブラウスのボタンに手をかけていた。


「あ、あのっ、だ、大丈夫だからっ」


 俺は黙ったまま、必死だった。

女子の肌が見えた。

鎖骨が見えた。

珈琲は半分もかからなかったから、火傷はないようで安心した。

そして、胸元が見えて──潤んだ目が、合った。


「は……恥ずかしいから、あんまり、見ない、で?」


 その一言で、もう俺の忍耐力はどっかに行ったようで──。


 ※


 ………………っていう夢から覚めた俺は、枕に顔を埋めたまま思いっきりため息をついていた。


 くっそー……欲求不満かよ俺ー……。


 今日は女子が遊びに来る日。

部屋は散らかったまま、掃除はこれからだ。


 …………くそーっ!

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