第221話 フォンダンショコラ(前編)

 日曜日の午後一時少し前、俺は掃除をしたばかりの自分の部屋にいる。

以前のような事がないように、ベッドの上に立って室内の最終確認をしているところだ。


 小物の片付けよし、服も片付けた。

換気してファブったし、匂いも大丈夫、埃っぽいのも大丈夫だ。

健全ではない本もクローゼットに隠した!


 今日、これから女子が家に遊びに来る。

そう言い出したのは俺ではなく、女子だ。


 それは金曜日の放課後の事──。


 ※


「──ねぇ、今度の日曜日は何してる?」


 いつものように教室の廊下側、一番後ろと後ろから二番目の席で俺達は放課後を過ごしていた。


「んー? 部屋の片付けかな。今日朝一に母さんに凄まれてさ」


 俺は漫画を読んでいて、女子は小説を読んでいた。


「凄まれるほどの汚部屋」


「足の踏み場はありますー、ところどころに」


「んふっ、惨状把握」


 けれど少し散らかってる方が落ち着くわよね、と女子はフォロー? してくれて、俺も、それそれ、と相槌を打った。


「その後は?」


「そうだなー、ゲームするかDVD観るかかなー──って、何の調査?」


 そして女子は分厚い小説を机に開いたまま、両手で頬杖をついて俺が見るのを待っていた。

微笑んでいたので俺も微笑み返しをした。


 つまり、これは、そういうやつ。


「……遊び、来る?」


 誘い待ちだった女子はにこやかに、どうしようかな、なんてフェイントを入れてきた。


「なんちゃって。嬉しいな、誘われちゃった」


 本当に嬉しそうなので、俺も思わぬ嬉しいに照れた。


「それとね、バレンタインもしたかったの」


 バレンタインは二日前に終わっている。


「……あっ」


 そういえば、だ。


「うん」


 俺はチョコレートを貰っていなかった。

色々あったし、こういうのは催促するものでもないな、と思って言えずじまいだった。

けれど本当は欲しかった。


「一緒に食べたいなって思って」


 ……ん?


「こういうのって俺だけとかじゃ?」


「この私を前にお菓子を独り占めする事は許されないのよ?」


 きら、と目を光らせる独裁的な女子に、俺は反論出来なかったのだった──。


 ※


 ──という事があって、着替えも済ませた俺は携帯電話を操作する。

すると気づかぬ内にライーンの通知がきていた。


『そろそろ着きます』


 どこかに待ち合わせでも、と提案したのに女子は、大丈夫、と断った。


 なんかこう……家に来るって変な感じだな。

前にクラキが来た時は俺が捻挫してて、結構すぐに帰ってったし……。


 DVDは約二時間、プラス、お菓子食べたり喋ったり──って、何の時間計算だ、と俺は慌てて返信する。


『ほい。気を付けて来いよー』


 すぐに既読がついた。


『クサカ君も部屋の片付け頑張ってね』


 もう頑張り終えたわ! と部屋の窓を閉める。


 もう、そろそろ、女子が来る。

なんか、そわそわ、落ち着かない俺。


 眼鏡を上げた俺は部屋を出て、一階で待とう、と階段を下りた。


 ※


 インターホンが鳴ってすぐに俺は玄関の扉を開けた。


「──早っ……あは、こんにちは」


「よ、よっ」


「んふっ、よっ。今日は眼鏡男子ね」


 そう言う今日の女子は、黒タイツ女子だ。

また背が高い靴、というのは目を瞑るとして、学校の制服とは違う雰囲気だ。

横髪の中からピンク色が見えて、前にミツコにもらったイヤリングか、と気づいて、いつまでも玄関じゃあな、と女子を招き入れる。


「ん」


「お邪魔します。あ、これ」


 靴を脱ぐ前に女子が紙袋を掲げた。


「レイトスタートバレンタインです。受け取ってくれますか?」


 フライングの、逆。


「ありがとな。って、でかくね?」


「ご家族の分もなの。そして私の分も」


 袋を覗き込むと小分けにされたカップが五つあった。

ミニチョコレートケーキか、と浮かれる気持ちと、皆一緒か、という複雑な気持ちが、うきうき、もやもや、うきもや。

けれど、手作りのフォンダンショコラですよ? と微笑む女子に俺はやっぱり浮かれたのだった。

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