第224話 フォンダンショコラ・ベリー(後編)

 俺は結構雑食なので、面白そうだったり気になったりしたものは試す派だ。

なので今回のDVDも映画公開時に割と話題になった洋画で、ジャンルは恋愛もの。

多分、女性の方がこういうのは好むかもしれない。

いや、男だから女だからっていうのはないか、とぬるくなった珈琲を静かに飲んだ。


 その時、隣で観ていた女子が小さく声を出した。


「──話しかけても大丈夫?」


「ん? おう、平気。どした?」


「ううん、今のシーン好きだから」


 DVDでは外国の片田舎みたいな町が映っている。

主人公の女と主人公に想いを寄せる男が、静かな曲の中で歩いていた。


「こういうとこ、いいよな」


「うん、不思議よね。外国ってだけでキラキラに見えちゃう」


 それもわかる。

かっこいいというか、格好がつく、というか。


「──夢みたいに見えちゃう」


 それもわかる。

もちろん映画だし作りものだってわかっている。

けれど場所も風景も本物で、誰かが似たような場所で主人公達みたいに歩いているかもしれない。

その夢を俺達は画面越しに観ている。


「……けれどちょっと退屈ね」


「ははっ、やっぱ?」


 女子は膝を抱えてその膝に顎を置いて丸くなって座っていて、足の親指を動かしている。

俺はベッドに頬杖をついて斜めに観ていた。


「主人公にあまり魅力を感じないわ。なのに逆ハーレム状態で違和感」


女女おんなおんなし過ぎ?」


「そうね──って、よく女の子をお分かりで?」


 漫画とか映画の情報、加えて母さんと妹、プラス女子の情報からなので変な目で見ないでいただきたい。


「まぁ、このレベルが高い可愛げは見習いたいところではあるけれど」


 想像する。

この主人公が女子だったら──顔が良い色んな男に好かれまくって、逆ハーレム。

しかし女子のを考えると──。


「──……女王様?」


 似合い過ぎて、すとん、とオチた。


「ん?」


 DVDの音で聞こえなかったか、俺は、何でもないっ、と誤魔化してまたテレビ画面に目を戻す。

ストーリー上、主人公は数人の中から一人を選ぶだろう。

もしかしたら選ばない、って事はないかも。

こういう恋愛ものの作品は大抵くっつかせてハッピーエンドだ。


「んー……男の人の視点だったらまだ退屈が半減したかもしれないわね。選ばれなかった方の視点」


「んー?」


「救いがあればいいなって思ったの」


 DVDはもう終盤。


「ふっ、お前っぽい感想」


「そうかな?」


 エンドの欲張り。

主人公だけではなく数人の、数個のハッピーエンドを見せてほしい、と女子は望む。

けれど俺はこう思ってもいた。


「……優しくって、酷いなぁ」


 気づけば俺は呟いていた。

女子の横目が刺さる。


 なんか……なんか、なんだけれど、そう思ったんだ。


 上手く言えなくて黙ってしまう。


「……ふふっ」


 女子が微笑んだ。

頬を赤らめているのは何故か。


「クサカ君のそういうところ、好きよ」


 女子が俺の腕に寄り掛かってきた。


「私は可愛げがある女かしら」


 女子はそう聞いてきて、続けて、優しく出来ているか、酷く出来ているか、と聞いてきた。

俺は女子の手の甲を包むように握る。


「……お前なら、何でもいいや」


 優しくても酷くても、可愛げがあってもなくても、俺はこの手を握れる距離にいたい。

こうやって、握り返してくれるだけで、一区切りのハッピーエンドが生まれる。


 そして、また始める。


「……んぁー」


 俺は空いた手で眼鏡をずらして目を押さえた。


「なーに、その声」


 ややぼやける視界に眼鏡を戻して、ちら、と女子を見る。


 夢のせい。

妄想のせい。

欲のせい。


 ──えい。


 俺は隙をついて女子にキスした。

俺の眼鏡と女子の伊達眼鏡が軽く音を立てた気がした。

一瞬のキスから、至近距離の女子の顔が見えた。

驚いていて、少しずつ赤くなっていった。


「……なーんだよ、その顔」


「だ、だって……慣れない、んだもん」


 キスに慣れるとか、それは俺も無理そうだ。

今だって爆発寸前だ。

すると女子はまた俺をちら、と見上げてこう言った。


「──おかわり、とか言ってもいいかしら?」


 爆発させるのはいつだって女子からで──女子だからだ。


 俺は向かい合うように体をずらして、背中にDVDの音を聞く。

照れ臭そうに笑う女子が近くにいて、その頬を指でくすぐった。

そのままちょっとくっつきたいので、そっ、と抱き締めてみる。

女の子の小さくて、柔らかくて、良い匂いがした。

肩越しのベッドの上に置きっぱなしにしていた飲みかけの炭酸水のペットボトルが見えた。


 そして女子が耳元で、囁いた。


「……リョウ、くん?」


 いつも俺は苗字で呼ばれていた。

初めて、小さく、恥ずかしそうに、俺の名前が呼ばれた。


 夢か現実か、そんなのどうでもよくなった俺は、ずれた眼鏡もどうでもよくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る