第218話 アマンドショコラ(後編)

 学校の近くの公園は、帰宅中の学生らがちらほら歩いていて、すぐそばの道からは行き交う車の音が聞こえる。

屋根付きのテーブルベンチで俺は、ぼやっ、としていた。

肩に掛けたままだったバッグがずり落ちるのもそのままに、はぁ、と白いため息を吐く。


 ……引いちゃったなー。


 落とすだとか負けないだとか、俺の強気はどこへやら。

上手くいくと思っていた。

出来ると思っていた。


 それくらい、想っていた。


 けれど、クラキはそうさせてくれなかった。

俺が動いても、クラキは思い通りになんて動かなかった。

足りなかった。

違った──俺じゃないって、気づかされた。


 また白い息が、はぁ、と出た。

まだ熱いそれは冬の空気に冷やされて、消えた。


 クラキがくれたのは多分、チョコレート。

バレンタインの、ってやつだ。

義理、ってやつだ。


 薄い茶色の紙袋の中には、手のひらサイズの真四角の箱が入っていた。

英字新聞のような包装紙に、細い麻紐が蝶々結びされている。

軽く揺すると、からから、と小さく音がした。

開けてみると透明の箱で、中にチョコレートの粒がいっぱい詰まっていた。

さっそく一粒。


 口に入れた瞬間のココアとチョコレートが溶ける感じ、かりっ、とアーモンドが割れる音。

ほろ苦い感じ。


 そしてもう一つ、俺は取り出した。

一つというより──一通。


 アンティークのような少しすすけた茶色の封筒を裏返すと、濃い紅色の封蝋が指先に当たった。

羽根のシーリングスタンプは名前からか、と薄く笑う。

こんなこ洒落た手紙は初めてだ。

何より──。


 ──まさか手紙とはねぇ……。


 また一粒食べた俺は手紙を開いた。


 字ぃ上手すぎっ。


 ※


『雨音蓮様


 突然のお手紙失礼します。

この手紙が開かれる前、私は言いたい事の半分も言えていなかったと思います。

なのでこの手紙をその前に綴ります。

この数日はあなたで頭がいっぱいでした。

私の話を聞いてくれてありがとう。

私の秘密を守ってくれてありがとう。

あなたの話を聞かせてくれてありがとう。

知らなかった蓮君を知れて楽しかった。

わるい人、と言ったのは冗談です。

それでも、いい人、と言うには違う気がするのでそれはごめんなさい。

あなたはとても優しくて、素敵な人です。

でも、あなたを恋としての好きな人とは見れませんでした。

また前のように、というのは虫のいい話かもしれません。

気まずいかもしれないし、変に緊張してしまうかもしれません。

それでも私はまた、あなたと話がしたいです。

遊びたいし、冗談も言い合いたいです。

そんな友達に進めたら、嬉しいです。

私はそのくらい、蓮君の事が好きです。

最後に、今日はバレンタインです。

私が好きなチョコレートを贈ります。

私を好きになってくれてありがとう。

想ってくれてありがとう。

この想われは、私の宝物です。

たくさんの友情を込めて。


久良木志羽』


 ※


 手紙を読み終えた俺は後ろ背にあるテーブルの縁に寄り掛かった。

二枚の便箋は長いようで短かった。

綺麗な字だった。

こういう手紙は、初めてだった。


 ほんとに半分……。


 昇降口でクラキは俺をフラなかった。

そういう言葉はなかった。

けれど俺はわかった。

だから引いた──優しくしたかったからだ。

つまらない言い訳に俺はまた手紙に目を落とす。


 もう満足……って、すぐに思えたら楽なのになー……。


 俺の方こそ、半分半分。

友達で、好きで──その間で、好きな気持ちに向いている。


「……終わって、始まった」


 呟いて、手紙を閉じた。

はっきりと断られた綺麗な文字のクラキの想いを閉じた。

そして封筒の中に、入れた。


 俺の恋を、仕舞った。


 また一粒、チョコレートをつまんだ俺はやや掲げて見つめた。

まぶされたカカオが指についた。

かりっ、と半分齧ると、中のアーモンドが顔を出した。


 ほろ苦で、ほろ甘い。


「……はっ、俺好み」


 指を舐めた俺は携帯電話を出して、画面をタップする。


『フラれた』


 ライーンの相手は──と、すぐに既読がついて返事が返ってきた。

それを読んだ俺は、ふっ、と笑ってチョコレートの箱に蓋をして歩き出した。

相手は、ミツコ。


『集合。珈琲奢ったげる』


 友達に進むための、一歩目。


 さて、奢られに行きますか、っと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る