第214話      (後編)

 男子からのライーンは何通も来ていた。

それを読んでも私は返せなかった。


『変な事言ってごめん』


 変じゃないよ。


『悪かった』


 悪くないよ。


 けれど指は動いてくれなくてライーンの画面を開いたまま、かたん、と机に置いた。

私も、だら、と机に突っ伏す。

伸ばした手にツギハギコのぬいぐるみが当たった。

男子にクレーンゲームで取ってもらったぬいぐるみだ。

その首にはクリスマスプレゼントのブレスレットを掛けている。


 私の大切なもの、二つ──三つ。


 男子は、私を大事にしてくれている。


 とても優しいの。

とても楽しいの。


 それが──とても好きなの。


 なのにショックだった。

男子の一言は本気じゃないとしても、言ってほしくなかった。

それは私の我儘なのかもしれないけれど、多分、他の人に言われたら笑って流してお終いにしていたと思う。

笑えなかった私が悪いのかもしれない。


 ……やっぱり、私が悪いのかな。


 けれど、それはレン君を否定する事になる。

それはしたくないし、出来ない。


 あんな、皆がいる前でなんて、それに男子がいる前でなんて、どれだけ勇気がいっただろう。

どれだけ──私を好いてくれているんだろう。


 体を起こした私は髪の毛に指を通した。


 レン君はわるい人だ。

私に、わるい人、と冗談を言わせてくれる、いい人だ。

ふざけているように見せてふざけていなくて、後輩にも慕われていて、私も慕っている人だ。


 私の言いたくない秘密を守ってくれている男の子だ。


 あれから何も聞かないし、言わない。

きっと見守ってくれているのかも、と今は思う。

よくこんな面倒な私を、と自虐も出てくる。


 どうして私なんだろう。

男子がいるのに、彼氏がいるのに、好きな人がいる私だとわかっているのに。


 もうずっと、どうして、が私の頭の中で繰り返されている。

ぐしゃ、と髪の毛を掴んでまた指を通す。

少し絡まって通りが悪かった。


 てとん。


 携帯電話が鳴った。

この音はライーンの通知音、数秒点滅した携帯電話を眺めてから私は手に取った。


『レンと話した』


 夜の九時半。

男子は天文部の合宿中だ。

そういえば写真部も合宿、と聞いていた。

何故か私は焦った。


 何を、話したんだろう。

二人で──私の、事?


 てとん。


 また通知音が鳴った。


『読んでくれるだけでいーよ』


 既読マークは男子にも見えている。


 この既読マーク、嫌い。

ただ読むだけなのに見張られているみたい。


 そして続けて男子からのライーンが、気持ちが、届いた。


『もっかい言うけど、あの言い方は悪かった。お前が可愛いのが悪いっちゃ悪い』


 ……謝っているのか、謝っていないのか。

けれど可愛いと言われるのは悪くない。


『嫉妬した。俺が知らんとこで、とか』


 ……これは私が悪い。

どうしても、男子に知られたくない。

レン君とクラゲちゃんだけが知る、私の秘密事。


『仲良いのはいーよ。クラキが楽しいのは俺も嬉しーし。ごめん、考えながら打ってたらぐちゃぐちゃしてきた』


 ほとんど男子に話しているのに、男子は足りないって言ってるみたい。


『ごめん、ヤキモチだ、これ』


 男子の素直な気持ちが嬉しい。

たった一言で、私をこうしてしまうのを気づいていない。


 そして男子は猫のスタンプの後、こうライーンを送ってきた。


『レンの事ちゃんと考えてやって。俺からは何も言わない。多分言ったらかっこ悪い、かも。ヤダ! とか』


 言っていいのに、と少し笑った。

けれどすぐに戻った。


『クラキが好きだよ』


 ……うん。


『クラキが彼女とかマジで自慢です』


 ……あは。


『だからずっと、独り占めしときたいです』


 ──そんなの、私もだわ。


 私は携帯電話を強くタップした。

男子にライーン通話を掛ける。

一度目、二度目のコールで男子は出た。


『は、はい──』


「──私も独り占めされたい。だから、待っててね」


 久しぶりの男子の照れた声と、わかった、の声に私は泣きそうになった。

顔が見えなくて、よかった。


 来週、私は動く。

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