第213話      (前編)

 無視された三日目からさらに二日後の土曜日、俺は天文部の合宿で学校に来ていた。

今回は体験入部扱いで参加しているリドル部の二人がいるせいか、後輩達の笑い声が絶えない。

アオノと、初めて見る眼鏡を掛けた女の子──ミドリガオカさんだ。

あまり表情を変えないクールな印象が強く、そんな彼女にアオノがちょっかいを出すと、きりっ、と言い返して、それから控えめに笑った。


 俺は想像した。

俺と女子は、あんな風に見えてるのかもしれない、と。

そして、想われ方はそれぞれ違うんだな、と思った。


 ※


 天文部と写真部、服デ部が今回の合宿で重なった部で、夜ご飯の後、俺は一足先にシャワーを浴びて校内を散歩していた。

ジャージだけじゃ寒かったか、と袖口を伸ばして手を隠して腕を組んで、背中を丸くして廊下を歩く。


 本当は、レンを探していた。


 レンにライーンをしようと思ったけれど、ちゃんと顔を見て言いたかった。

そしたら携帯電話で連絡取らない方法っていったら、人づてに聞くしかなくて、探すしかなくて、それで校内のどこかで写真撮ってるっていうからこうやって寒い中を歩くはめになっているわけで。


 簡単に繋がり過ぎて、麻痺してた。

本来はこんな風に、少しずつ、遠い。


 昼間の校内だったらすぐに見つかる人影も、夜になると影ばかりだ。

遠くからはしゃぎ声が聞こえる。

一年が多いせいか、二年が見ていない隙に遊んでいるのかもしれない。

天文部も今は自由時間で、夜の観測は交代で行う。

俺は深夜予定だ。


 すると教室棟の二階へ続く階段を上がっている時、人影が見えた。

他の奴らは実習棟にいるはずだし、と小走りで追う。


「──レン?」


 違ったとわかったのは廊下に伸びた黒い影だった。

月の光が薄青く入っていて、変に明るく見えるのは気のせいか、その姿が目に飛び込んだ。

アオノと一緒に合宿に参加したリドル部の女の子、ミドリガオカさんだった。


「ごめ、人違い」


「……いえ──ここには誰も入ってこれないはずなのにどうして……」


 後半がまるで聞き取れなかった。


「何て?」


「聞こえなくて構いません。誰を追ってますか?」


 聞き方が不思議な子だった。

探しているけれど、追う、というのは合っているのか。


「……二年のアマネレンって男。写真部の」


「カメラを持った方ですか? その先輩なら部室棟の外の水道場でお見かけしました」


 写真部は部室棟の一室にある。

先にその辺りを探すべきだったか、と俺はせっかく上がった階段を頭を掻きながら降りていく。


「さんきゅ。お前も早く戻れよー。学校でも夜だかんな、女ん子が一人になんのは感心しねぇぞー」


 すると階段の上からこう返ってきた。


「先輩こそ、早く部室棟にどうぞ。私も追わなきゃなので……失礼します」


 そう言ったミドリガオカさんは、ゆらり、と影を伸ばして階段を上がっていくのだった。


 不思議な奴だなぁ……。


 ※


 部室棟の表側──グラウンドの近くの水道場にレンはいた。

月明りの下でカメラを構えて、月を見上げている。

シャッターを押す音は聞こえなくて、遠くで、やや近くで、ただ見ているようだった。


「……早く声かけろよ」


 レンは振り向かずにそう言った。

どうやら俺の足音は聞こえていたようで──。


「──来るかなって思ってた」


 予想、されていた。

付き合いが長いだけあっての事か、少し気まずくレンに近寄る。

水道場の縁に寄り掛かって、暗いグラウンドを眺めた。

ぽつぽつ、と近くや遠くの人の灯りが散らばっていて、俺は目を閉じた。


「……俺もクラキが好きなんだ」


 改めて──初めて、俺はレンに言った。


「ふっ、知ってる。だからごめ──」


「──謝る事じゃねぇんだろ?」


 好きになる事は悪い事じゃない。

俺に許可が必要な事でもない。


 俺は目を開けた。

月明りが眩しく感じた。


「……いーよ。あいつの事好きで」


 しょうがないじゃん、だってそうなっちゃったんだもん。

予想も出来ねぇし、回避も出来ねぇじゃん。


 人、好きんなるってそういう事じゃん。


 俺はジャージのポケットに手を突っ込んで立ち直した。

そしてレンを真横に見ながら、強く言った。


「──負けねぇよ、俺」


 クラキを好きなのは俺もだ。

どっちが想ってるとかは計れないし、知ってもどうしようもない。


 こっからは、クラキが決める事だ。


 レンは俺と向かい合わせに立った。


「殴られっかと思ったのに」


「へ?」


「嫌われてんだろなって思ったのに」


「ばーか。こんなんでそんなんなんねぇよ」


 レンはいい奴だ。

こんなんは嫌いになる理由にならない。


 もし嫌いだったら、どんなに自信がなくたって許さねぇよ。

嫌いになれねぇから、こうなってんだよ。


 そしてレンは俺の肩を叩きつつ、にや、と笑ってこう言った。


「──俺も負けるつもりねぇから」


「……おうよ」


 吹っ切れた顔しやがって、と俺はレンの胸を小突いた。



※タイトルは『(空白)』です。『(お菓子なし)』という意味です。

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