第206話 芋けんぴ(後編)
あたしの高校は絶対部活制じゃないし、帰宅部が生徒の半分を占める。
あたしもその帰宅部で、寒いな、と首に巻いているマフラーを口元まで上げて校門に向かっていた。
そういえば携帯電話のチェックをしていなかった、とバッグから取り出す。
親が共働きなのでたまに、買い物お願い、のライーンが入ってたりするのだ。
すると校門付近で何やら人の視線を集めている何かに気づいた。
何かあったのかな、とあたしも少し遠巻きにしていた時──ぴた、と足が止まった。
そして目が合った。
「──よ、ミツコ」
そう手を上げたのはレン君で、隣にはもう一人男の子がいる。
レン君と同じ学ランで、あたしらの学校の制服であるブレザーとは違うのでまぁ目立つ。
こそこそ、と左右を確認したあたしは早歩きでレン君達に近づいた。
「な、何してんのっ?」
「あ? ライーン見てねぇの?」
手に持っていた携帯電話はまだトップ画面のままで、校門に集めていたレン君達の視線のせいで見れていなかった。
確認すると──。
『ういっす。お礼言いたいって奴がいるから連れてくわ。お前ん学校の校門前な』
「──今、見た」
「ん。これがお礼言いたい奴、クジラちゃん。ニノミヤわかるだろ? あれの彼氏候補」
あたしよりも少し背が低いクジラちゃんとやらが、おど、としながら、イチノセクジラです、と軽く頭を下げる。
そして、そわそわ、としているようにも見えた。
それはあたしに臆しているわけではなく、この状況がそうさせている。
視線の数が半端じゃないのだ。
そして遅れて気づいたクジラちゃんとやらは、彼氏候補とかじゃないですっ、と慌てて訂正した。
「……とりあえず移動しよ。ここじゃ──」
──言い切る前に、後ろから面倒な声が飛んできた。
聞えよがしの、悪意がつまった言葉は初めての事ではない。
何故かあたしの事でいちいち茶々入れしてくる隣のクラスの女の子だ。
いつも友達と二人でしかこういう事をやらない。
ため息をついたあたしに気づいたレン君が窺ってきた。
もちろん、聞こえてたっぽい。
まーた男といんじゃん、だるすぎ、大した事ないくせにさー、などなどだるすぎはこっちの台詞だ。
「何だあれ」
「あー、暇人?」
「的確。ミツコ、言い返す派?」
「時と場合による」
「あ、あの、俺らのせいですよね。すみません」
クジラちゃんとやらが謝る必要は全くない。
むしろ変なところ見せて、聞かせてごめんね、はこっちに方だ。
隣のクラスの二人組はまーだひそひそ笑いながらあたし達の横を通り過ぎる。
何が可笑しいんだか──と、思った時、レンくんがいきなりあたしの肩を組んできた。
こう、仲良い感じの、フランクな絡みを。
「……はぁっ!?」
「ほれ、クジラちゃんも」
「……失礼、しますっ」
クジラちゃんとやらもあたしの腕を組んできて、ぱっと見た感じは、捕らえられたあたし状態。
「はい!? な、何これ何してんのっ!?」
そして引きずられるままにさっきの二人の横を追い越す、という時にレン君とクジラちゃんとやらはこう言った。
少々大きな、聞えよがしの音量で。
「──嫉妬乙ー。っていうかそっちが大した事なさすぎな?」
「……だる絡みと聞こえる陰口はブス度上げますよ? あ、もう振り切ってますねすみません」
うーわっ!? 何言ってんのーっ!?
「ちょっ、あんた達──」
「──あーいうのは好かん。自分なら放っておくけどツレのは無理」
「同じように返しただけです。わざわざ同レベルにまで下げてやってわかりやすいように」
これも聞えよがしで、軽く後ろを見たら二人組は赤い顔をしてばつが悪そうにしていた。
聞こえた周りの人達が笑っているからだろう。
可哀想な気もするけれど、勝手に売ってきたのはそっちだ。
少しだけ、すっ、とした自分がいる事に気が付いた。
「……あーあ。あんたらも相当変な二人組だわ」
※
クジラちゃんとやら改め、クジラ君のお礼というのは、クラゲちゃんのクリスマスプレゼントの件だった。
多少アドバイスしただけなのに律儀というか何というか。
メイク楽しいもんね、と少し話をすると出るわ出るわクジラ君のメイクしたい欲。
しかし用事の時間が迫っているとの事で、今度会う事があれば髪の毛とかいじらせてください! と強くお願いされて帰ってしまった。
そして残されたあたしとレン君は帰り道にあるコンビニに寄っていた。
「……ありがとね」
「あ?」
隣に並ぶレン君を横目に見上げてもう一度言う。
「ありがとう。さっきの、追っ払ってくれて」
「……ふーん」
「何」
「余計に面倒な事しやがって、って怒るかと思ってた」
「面倒は面倒のまま変わんないよ。まぁ──こっちが変わればあっちも変わる、って思ってたとこあるけれどね。まだ時間かかりそ」
あ、芋けんぴ。
さっきシウに現状報告ライーンをした。
そしたら『面白そ。私は芋けんぴ食べてるわ』という現状報告返信が来たので、ちょうどあたしも食べたくなったところだったので購入する。
「で、あんたは何しに来たの?」
するとレン君は、奢る、と温かい珈琲缶を二つレジに置いた。
あたしも続いてレジに置いて財布をバッグから出す。
「息抜き」
「はぁ?」
「いーね、間抜け声」
「茶化すんなら帰る。珈琲はもちろん貰う」
「嘘嘘、冗談……誰かと話、したくってよ。だからミツコを選んだ」
それならライーンでもいいのでは、と思ったけれどレン君の声にあたしは茶化せなかった。
レン君は迷っている。
多分、シウの事で。
「……はいはい。これで貸し借りなしね」
わかってんじゃん、と自分の事を茶化したレン君は、にっ、と微笑んだ。
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