第205話 芋けんぴ(前編)

 ──うん、チョウノさんがオススメしてくれた超能力ファンタジーの本、超面白いわ。

敵対する勢力の超魔術の超は省いてもいいのではないかとも思うけれど。


 かりかり、こる、かりん。


「今日は真面目」


 前の席に座る男子が言った。

男子は横を向いていて、組んだ足の上に週刊漫画雑誌を乗せている。

私は机に本を乗せていた。


「だってこの本、重いんだもの」


 その暑さを見せつける。


「分厚ぅ」


「他にこのくらいの厚さが許されるのってパンケーキくらいよね」


「ははっ、どんな比べ方だっての」


 どっちも好きという話よ、と言って私はまた本に目を落とす。


 かりん、がり、がり。


 今日のおやつは芋けんぴ。

私の机に広げたティッシュの上に、ざらら、とやや山のように出して、久しぶりにお箸で食べている。

細長い芋けんぴはしっかり固いけれど、一度齧ればいい音で、優しい甘さ。


 かりかり、かりん──てとん。


 最後の音はこれも机の上に置いていた携帯電話のライーンの通知音だ。

男子も気づいて目線を向ける。


「最近賑やかだな」


「何が?」


「ケータイ。っていうか、お前の周り」


 携帯電話の画面をタップしあんがら、ちら、と男子を見る。


「……そうかな?」


「そうだろ。去年よりもずっと」


 去年、という言い方をした男子だけれど、わかった。

私とこうやってお菓子を食べていた時と比べて、という意味だ。

思い返せばそうかも、とライーンの文を考える。

あの頃はまだ一人が好きで、一人で平気だと思っていて、その空間に男子が入ってきた。


「……そうね。わちゃわちゃ、してるわ」


 携帯電話の中身もそう。

ただの連絡機器だったのに色んな人がいる。

思い出の言葉も写真も詰まっている。


 男子が私のバリアみたいなものを破ってくれたのかもしれない。


「あなたって超能力者みたい」


「おー、久しぶりにわけわからん例えキター」


 読んでる本のせいよ。


「バリアをものともしない能力、みたいな感じかしら」


 すると男子は漫画雑誌を閉じて、椅子を跨ぎ座って私を真正面に見て来た。


「じゃあクラキはエスパー……だと全部になっちゃうか。んー、予知能力とか?」


 言いたい事いっつも先に言われてる気がする、と男子は苦笑いながら言う。


「ただの当てずっぽうよ」


「そういうのが何回もあるとなー。っていうか、何で俺はバリア?」


 無意識で自覚無し。


「ぐいぐい、とも違うわね。んー……」


 私はライーンを返信して、本を閉じて机の横に滑らせる。

そしてお箸ではなく、ウェットティッシュで手を拭いて指で芋けんぴをつまんだ。

もう今日は物語の区切りがいいからここまで。

細くて長いのをがりっ、と一口。


 かり、かり、がりがり──ごくん。


「ばりーん、って壊す勢いもないし、少しずつ割っていくって感じでもないのだけれど」


 男子は私の話を聞いてくれる。

独特のと言い分に、私のバリアはいつの間にか薄れていた。

いつなくしてしまったのか、私も無意識で無自覚で──。


「──透明な光、みたいな」


 透明。

透けるようにいつの間にか、明るい光がいつの間にか灯っているような、男子のいつも通りの硬いようで柔い空気に当てられる、そんな能力っぽい。


「……よくわかんねぇや」


「んふっ、超褒めてるのよ」


「超」


「スーパー、ウルトラ、ハイパーよ」


 三段活用かよ、と男子は笑いながら同じように指で芋けんぴを食べ出した。


 がり、がりがり、ごりん。


 再び通知音が鳴った携帯電話を手に取って画面をタップする。


 ふむ、あらあら。


「にやけてんぞー?」


 おっと。


「ミッコちゃんからなのだけれど、面白い事になってると言いますか──」


「──ははっ、言ってんじゃんか」


 ナイスつっこみ。

まるで私がそう言うのを待ってたかのよう。

予知能力があるのは私じゃなくて男子なのかもしれない。


 ……ちょっと試してみましょうか。


「私が今、何をしてほしいか当ててみて?」


 と、私は見えた中で一番長い芋けんぴを選んで口に咥えた。

そのまま男子を見て、待機する。

けれど我慢出来なくて数ミリ、かりかり、と食べて、まだわからないのかしら、と両手で頬杖を付いて咥えた芋けんぴを上下に揺らせた。


 正解は、チョコのあれのゲームならぬ──芋けんぴゲーム。


 数秒後、気づいた男子は誰もいない教室を左右確認して、そして窓を開けて廊下にも顔を出して生徒や先生がいないのを確認した上で、わわわわわかった! と予知通りの赤い顔でやってくれたのだった。

えへ。

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