第204話 焼きチョコ(後編)
本日の俺の放課後は、天文部の合宿に向けての確認である。
部室に行って荷物を置いて、職員室に行って顧問のオオカミ先生からチェックリストを貰って校内を歩き回っていた。
今回も夏合宿と同様に、実習棟の一階端の教室が合宿中の男部屋になる。
その準備室に保管されている備品、布団などのチェックをしていると、誰かが入室してきた。
チェックリストを片手に振り向くと、見知った顔だった。
「──あんれ、どったのお前」
「お前こそ」
レンだった。
レンは俺の手元に気づいて同じようにチェックリストの用紙をひらひら、と顔の横で揺らす。
どうやら目的は同じのようで顎をくい、と動かして、備品はここ、と教えてやる。
「冬合宿?」
「そ。ん、布団何組み?」
「ふた組み。へー……こうなってんのか」
「あ? 写真部は夏合宿やってただろ?」
「俺不参加だったもんよ。ちなみに合宿初参加」
そういえばいなかったな、と俺は中腰から元に戻って隣に立つレンを見る。
レンの方がいくらか背が高い。
「そっか。お互い部長は大変っすなぁ」
「俺はヒラ部員。だらだらやりてぇのに部長が病欠でよ」
お大事に、と枕も確認する。
合宿前までにきちんと数確認と状態確認をしておかないと後で大変だ。
布団は昼休みにでも一度干しておいた方がいいか。
その時、横から美味そうな音が聞こえた。
ぼりぼり、甘い匂いもする。
「なーに食ってんだぁ?」
「焦げてるチョコっぽいざくざくしたやつ。一年から貰った」
そりゃ多分、焼きチョコってやつじゃねぇの? と俺は軽く笑う。
「女ん子?」
「そ」
「ひゅー、やるじゃん」
「そんなんじゃねぇよ。一年の女ん子の間でお菓子作って交換すんのが流行ってんだと。そのおこぼれ」
女ん子の流行りはわかんねぇな、と俺もそのおこぼれのおこぼれを一つ貰う。
不格好な形だけれど、うん、美味いじゃねぇの。
「練習してんのかもな」
「あー、バレンタイン?」
「そそ。可愛いじゃねぇの。もしかしてーってやつじゃね?」
するとレンはため息で返した。
薄くて、普段なら気にも留めないやつだ。
けれど今は違った。
何故か気になった。
「どったの?」
レンは小さな袋に入った残りの焼きチョコを食べて、何も、というように軽く肩を上げる。
チェックリストに目を落として俺と目を合わせない。
こういうレンは前に見た事がある。
高校じゃなくて中学の時──レンの母親が亡くなった時、だ。
「……レンちゃん」
「ちょ、何だよ。ちゃん付けとか中学ん時やめただろ?」
顔が戻った。
「お前は変なとこで考え込むからな。気ぃ緩めてやらんと」
レンは中学の時、おばさんが亡くなられた後、少し荒れていた。
荒れたと言っても暴力とか事件とか起こしたわけではないけれど、近寄り難い雰囲気を作っていた。
人を寄せ付けないような、そういう空気を意図して作っていたようだった。
そんなレンを俺は放っておけなかった。
「……気ぃ使い屋め」
ほらな。
「使わせてんのはおめーだっつの」
中学の時は遊びに誘ったりだとか、そういう感じでこいつの近くに寄っただけ。
ただ単に気になっただけの余計なお世話くらいなやつだ。
「ま、レンちゃんいい感じになったよな。多少はまだあれだけれど」
多少、当時のレンを知る奴、その残り香のような今みたいな雰囲気はまだ人を遠ざける。
「多少って何じゃい」
「目付き悪ぃとこー。あと黙ると迫力増す」
「うっせ。これが
わかってる。
だからそれでいてくれとも思う。
けれど、俺から話は聞かない。
「最近どうよ?」
だからこういう言い方をする。
チェック終了、と布団が置かれている棚の戸を閉めて一息つく。
そしてレンが呟いた。
「……好きな奴、出来た」
「はぁ!?」
思わぬ吐きだしに激しく驚いた俺は叫び振り向いた。
しかしレンの表情は変わらない。
おう……っ、何だこれはっ、どう返答すれば!?
「そんでこう……な?」
な? と言われても、まぁわからんでもないような気もするけれど、話をするばっかでされるのは全然ない俺でしてね?
「で、こういう事をしてみようと思うんだが──」
と、レンは俺に近寄ってきて、俺の顔の横、後ろの戸に肘をついて、やや見下ろしてきた。
いわゆる壁ドン、というやつの肘バージョンか、と俺は把握して、鳥肌が立ったのがわかった。
「──俺相手じゃ不毛以外の何ものでもないと思う……」
「……俺もそう思ったとこだわ」
すっ、と離れた俺達は、冷えたな、と教室を後にしたのだった。
あ、どんな相手か聞くの忘れた。
また今度でいっか。
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