第207話 モカ(前編)

「──マジ? キャラじゃなくない?」


 ごもっともで、と俺は背中を丸くして俯いた。

これまでの俺の、アピール? みたいなものをミツコに報告したところだ。

写真部の部室での、花みてぇ発言とか、近寄ってみた的なそういうのだ。

そうしたらこういったお言葉をいただいたところである。


「やっぱキャラじゃねぇよなぁ……」


「う、うーん……あたしはあんたの事よく知らないからはっきりは言えないけれどさぁ」


 今言ったばっかなんですけど?


 ミツコは奢ったモカを飲む。

温かいモカの珈琲はブラックで、コンビニの裏側に一基あるベンチに俺らは座っている。

そして俺らの間には、人ひとり分の隙間がある。


 ま、こういうのが適正の距離だよなぁ……。


「ん?」


 俺は尻を滑らせてミツコ側に近寄ってみた。


「何?」


 何も言わずに、もう少し、と寄ってみる。


 これは実験だ。

寄って、寄って、近寄ったら足が当たって、そしてミツコは逃げた。


「……狭いんだけれど」


 上半身を俺とは逆の方に仰け反って、当然の文句も言ってきた。

俺はミツコを見たまま言う。


「普通はこうだよなぁ?」


 きょとん、としたミツコの顔は瞬間、怪訝な顔になって俺の肩を軽く押して、離れろ、としてきた。


「パーソナルスペースってやつ?」


「そ」


 人の領域──俺の領域、そしてミツコの領域。


「どう思った?」


「あー……近くね? って、ちょっとびびったかな」


「びびったって?」


「あんたが男で、あたしが女だからだよ」


 一理ある。

どう頑張ったって俺は男で力も強いし、体格だっていい。

けれどクラキは違った。

俺が近寄ったって、くっついたって変わらなかった。

離れないし、さらにくっつきもしなかった。


「こういうのよく知らねぇけど……クラキは何も動じなかったわけよ」


「想像出来る」


「ふっ。何かあってもいーんじゃねぇの、って思ったんだけどな」


「例えば?」


「今みたいな」


 俺はモカを飲む。

ちょっとがある珈琲は好みだ。


 あの時、俺は期待していた。

今のミツコみたいな反応とか、そういうのをだ。

けれど、何もない、っていうのは正直困った。

仕掛けた俺が仕掛け返されたような、そういう気持ちになった。


「……何も思われてねぇのか、って思った」


 だから動じない、どうもしない。


 するとミツコは足を組んでベンチにもたれて、やや暗い空を見上げてこう言った。


「そんな事ないんじゃない?」


「……例えばぁ?」


「レン君を信用してるからその距離でも平気、とか」


 良い風に取り過ぎじゃね? と俺が言うと、ミツコは微笑んだ。


「いーじゃん、良い風に取ったってさ。っていうかほんとは近づけて嬉しかったんじゃないのー?」


 ………………くそっ。


 俺が明後日の方を向いているとミツコの、にまにま、とした目線が刺さった。

見ていなくても気づいたそれにモカを飲んで誤魔化す。

けれど二口飲んでも誤魔化せなかった。


「……ほんとは、俺の方がびびった」


「ふーん?」


「俺の方が変えられたっていうか……」


「うんうん」


 ミツコの言葉を借りる。


「──こっちが変わればあっちも変わる、かもって思ってたんだよな……」


 クラキは動じない。

やっと知り合って、やっと友達で──まだ、友達だ。


「あはっ」


 ミツコが笑った。


「……何だよ」


 少し睨んでやる。


「デジャブ。あたしもそーだったなーって。楽しーよね」


 わからなくもない。

あれこれ考えるのは面白いというか、楽しい……と言っていいのか。

苦悩が半分を占めている気もする。


「けれど良かった。意外と可愛いやり方なんだもん。片想い謳歌中じゃん」


 耳が熱くなった気がした。


「かっこ悪……」


「かっこつけ、よりあたしは好きだけれどね」


「ミツコに好かれてもねぇ……」


「はいはいそーですねー。あんたでシウが動けばいいですねー」


 そう、俺はクラキを動かしたい。

まだ、俺では動かない。


 クラキは、クサカでしか動かない。


 そして俺はミツコにこう聞いた。

一番、聞きたかった事だ。


「──やっぱさ、クサカに言うべき?」


 彼氏であるクサカに俺は先に、告白をすべきか答えが出ないでいたのだ。

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