第186話 シュトレン(後編)

 リビングに通された俺は掘りごたつに座っている。

長方形の大きなこたつは温かく、冷えた体をじんわりと解かしてくれた。


 前はソファーに座ってちまちまデコってたんだよな……。


 少しだけれど勝手知ったる人の家、というのは黙っておくべきか、言うべきか。


 その時、リビングの向こうの部屋の奥にあるものに目が行った。


 ……あ。


 俺は堀りごたつから出てゆっくりとリビングの隣の部屋に行く。

そこには仏壇があって──写真が、あった。


 …………初めまして。


 薄暗い中で俺は、はっ、として頭を掻いた。

そして静かに座って手を合わせる。

写真にはが写っていた。


「──似てるっしょー」


 おばさんがいつの間にか後ろに立っていて、びびった俺は振り返る。


「は、はい……髪は長い、ですけれど」


 女子のお姉さんは髪の毛が結構長くて、俺らの学校の制服──女子と同じセーラー服を着ていた。


「シウから聞いたの?」


「少し、だけ」


 お姉さんが亡くなった事。

亡くなった事で女子が何かを抱えている事。

このくらいしか俺は知らない。


 俺は立ち上がっておばさんに振り返った。


「──お姉さんの事が好きだって、聞きました」


 女子はお姉さんが大好きだ。

今はそれだけで、いい。


「……んふふー、君は良い子だねぇ」


「えっ、ちょ……っ」


 おばさんは俺の腕を組んでリビングへと戻り出した。

女子より少し背が低いか、けれど引っ張る力は断然おばさんの方が強い、と俺は促されるままに掘りごたつに座る。


「はーい、お食べー。シュトレンよ、足りる?」


「じゅ、十分じゅうぶんです。いただきま、す」


 菓子パンみたいなケーキが二切れ。

レーズンとかオレンジの……皮? とか、アーモンドが見える。

周りの白い粉砂糖は薄雪が積もっているみたいだ。

それと冷え切った体に嬉しいミルク多めのカフェオレは湯気を立てていた。

一口、二口、と食べてはカフェオレを飲んで、一息つく。


「美味し?」


「は、はいっ」


 良かった、とおばさんもケーキを食べる。


「んーっ、結構しっとりしてるのねー」


「……ふはっ」


「ん?」


「あ、すんません。今のクラ──シウさんに似てたんで」


 美味しいもん食ってる時の顔がそっくりだ。


「ねねね、聞いてもいいかしら?」


「ふ?」


「うちのシウのどこが好き?」


「へぁ!?」


 驚いた俺に笑うおばさんはマグカップを両手で持って揺らしている。


「あっはっは、今のは意地悪が過ぎたわね」


 冗談か、と俺は息をついてまたカフェオレを飲んだ。

おばさんは意地悪で聞いていない、という顔をしていたからだ。


「少し前のシウはとても静かでねー。波も風もない海みたいな……凪、みたいな」


 それは多分、俺と話すようになる前、だと思う。

そう思いたい。


「それは今ではうるさいくらいなの。毎日毎日──君のおかげかしらね、と思ってる」


「俺は何もっ……シウさんは、最初っからそういう奴なんだと、思います」


 本当は一人が嫌いで、それでも一人を我慢している。


 俺はカフェオレを見つめた。


「……シウさんは人が好きで、頑張り屋です。俺が何かしようとしても、もう前に進んでるっつーか……俺はそういうあいつといるのが好きなんです」


 まだ一人で解決しようとするけれど、あいつの──女子の周りには色んな人がいる。

それを女子は気づいていない。


「……あいつ、モテるんすよ」


 そう言った俺は、にっ、と笑った。

女子の周りにはいつの間にか人が集まっていて、俺は内心、はらはら、している。

それでも一番近くに俺はいたい、と思っている。


「──良かった。君がいて」


「へ?」


 するとおばさんはフォークを置いて姿勢を正した。

気づいた俺も急いで姿勢を正す。


「心配なんていらなかったわね。君はいい男だ」


 お、おう……褒められて、る? 何でかわからんけれど。


「あの子は我儘で欲張りで殻に閉じ籠る事もちょいちょいある──あたしの可愛い娘だ。そんな娘だけれど、これからもよろしくね」


 わからんけれど、お許し、的な?


「は……はいっ。こちらこそよろしく、お願いしますっ」


 ひぇー……嬉しいけれどまた別の緊張的なのが出てきたぞー……っ。


 と、俺が顔を上げた時、おばさんはこう付け加えた。


「高校生らしい付き合いをしてくださいね。限度を超えた手ぇ出しはからそのつもりでねー」


 ……クラキからの手ぇ出しの場合は、どうしたらいいんでしょうか、ね?


 とは言えない俺は、へら、と笑い返すのみだった。

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