第185話 シュトレン(前編)

 二回目の女子の家は改めて見てもでかい。


「……おーい、起きてるかー?」


 俺は左側にいる女子と繋いでいる手を揺らす。


「…………うん」


 九十パーセント寝てらぁや。


 女子の門限は十時と聞いた。

さっき携帯電話で確認した時間は九時五十分くらい。

予定通りに送ったはいいのだけれど、女子はこの通り電池切れ寸前だ。


「鍵は?」


 ……はーいっ、返事がないのは困りますっ!


 仕方がない、と俺は深呼吸を二回して、インターホンを押した。

緊張どっこいしょー。


『──はーい、ん? どなた?』


 多分俺の姿はカメラで見られているんだと思う。

そしてこの声は女子の母上様でいらっしゃられると思われ緊張どっこんどっこん。


「こ、こんばんわ。あの……送りに、来ました」


『……ああ! あなたシウの彼氏!?』


「そう、です。あの……こいつ眠くなっちゃったみたいで──」


 言い終わる前に俺は血の気が引くのを感じた。


 しまったぁあああ! クラキの事こいつっつっちゃったぁあああ!


『あっはっは! 最後が締まらないわねー。はーい、中にどうぞー』


 しかし女子のお母さん──おばさんは気にした様子もなく外門? を解錠してくれて、インターホンが切れてすぐに俺は、ふーーっ、と長く長く息を吐いたのだった。


 ※


 門の玄関から家の玄関に着く前にもう家の玄関は開けられていて、俺は初めて女子のお母さんと対面した。


 ……似てるぅ。


 はっ、とした俺は改めて挨拶する。


「は、初めましてっ、俺、クサカリョウって言います──」


 簡単な自己紹介、そしてこれも言わなきゃ、と背筋を伸ばした。


「──大事だいじに、付き合わさせてもらってます。よろしく、お願いしますっ」


 緊張限界突破どっかーん。


「……あと一分」


 と、おばさんが言った。


「へ?」


 すると女子が俺の手を握ったまま大きく一歩、玄関に足を踏み入れた。

そして後ろ手で、ぴしゃっ、と扉を閉めた。


「はい、門限ギリギリセーフ。おめっとー」


 笑うおばさんに女子は無言でピースする。

そういう事か、と俺もちょっとふき出してしまった。


「ふふっ。改めて初めまして、シウの母です。送ってくれてありがとうねー。外、寒かったでしょー」


「い、いえ。大丈夫、です」


 本当は震えが来るぐらい体は冷えている。

それを見抜いたか、おばさんは女子や俺の体を触ってきた。

頬に触れてきた手は温かくて遠慮がなかった。


「ほーら冷たい。って、あら? 目ぇ赤い……泣かせた?」


「いっ!! いいいいいや、あのっ、泣いてない事はないんですけれど、なっ!! 泣かせたわけじゃないんですけれど! その、ブランデー入りのチョコ食べたらこうなってしまってですねっ」


 うううう嘘は言ってねーぞ! ひー……おばさんの睨み、クラキにそっくりぃ……っ。


 しかしその睨みはすぐに緩んだ。


「……あっはっは! やーだ旦那に似ちゃったかー」


 そういえば女子のお父さん──おじさんの姿がない。

家の奥を見ているとおばさんが気づいて話してくれた。

どうやらアルコールに弱いのはおじさんもらしく、今日少し飲んだらしいのだけれど女子と同じように眠気にやられたそうだ。


「……ははっ、そうなんすね」


「ほーら起きなー、って駄目そうね。悪いんだけれど部屋まで運んでくれる? 男手おとこでないからさー」


 はい、と俺は女子を見た。

うとうと、と今にも寝そうで、けれど手は繋いだまま離れない。


「……ほれ、靴脱ぎな」


「む……どこ行くの?」


「お前の部屋だよ。寝んの」


「一緒に寝るの?」


「はい!?」


 何言ってんすかーーっ!! おばさんも何でにまにましてるんすかーーっ!!


「ねっ、寝ませんて!」


「あっはっは! そりゃそーだ、あたしが許さないからねー」


 それもそーだ、と俺は靴を脱いで、女子をして、部屋へと運んだ。


 ※


「──ご苦労様、助かったわー」


 女子を部屋に運んでから俺はおばさんと玄関近くまで戻っていた。


「いえ。まさか酒のチョコであんなんなるとは思わなかったんで……」


「寝不足もあったみたいだしねー」


「え?」


「夜も遅くまで起きてたし、学校行く時よりも早く起きてきちゃってねー」


 ……ぬぅん。


 素直に照れた。


「んふふ。ね、少しお茶して行きなさいな」


「あー……せっかくですけれど、俺も門限あるんです。十一時」


「タクシー呼んだげるから。男の子でもこんな時間だしね」


「いえ、甘えるわけには──」


 するとおばさんは俺の両腕を擦ってきた。


「──あったまってきなさいっつってんの。ケーキもあるのよー。あの二人ってばいっしょに食べるって言ってたのにあのザマだし。かと言って一人は寂しいし、おばさんの甘えに付き合ってくれると嬉しいな? ね?」


 優しく、強くお願いされた。

それは女子みたいで、改めて女子のお母さんだなと思った。

そっくりだ。


「……じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ」


 するとおばさんは、にやり、と笑ってこう言ったのだった。


「ぃよっしゃあ! 若い男とお茶だぜ! いえーい!」


 ……これは、そっくり、なのかいね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る