第179話 ハニーレモンキャンディー(前編)
「──はー……負けまくった……」
「んふふー、勝ちまくった」
ゲーセンから出た俺達は外を歩いている。
寒いかなと思いきや、ゲーセンの中が暑かったせいか冷たい空気がちょうどよく感じた。
「はい、戦利品。まさかイベントやってたなんてね。得しちゃった」
女子はあれから対戦十連勝して、店から景品──小袋に入れられたハニーレモンキャンディーを貰っていた。
「さんきゅ。って、中学生らにまでやる事なかったんじゃね?」
「教えてもらったし遊んでもらったじゃない。それにいっぱいあったし。お礼よ」
なるほど、と負けた俺もご相伴にあずかる。
甘酸っぱいのを口の中に転がせて、手を出した。
「ん」
「ふふっ、はい」
手を繋ぐのも慣れたもんだ──って事は全然ない。
力加減がわからん……余裕ぶってんのばれたら爆発する……っ。
「どうかした?」
「い、いやっ? あーっと、どこ行きたいとかあっかなって」
「そうねー……」
女子は何かないか、と遠くを見たり通り過ぎる店を見て探している。
俺は少し申し訳なくなり反省する。
ちゃんと決めれたらよかったけれど、どうにもこうにも迷ってしまった。
っていうか父さんのせいだ同じプランとかふざけんななぁんであのタイミングで知っちゃったんだーっ。
その時、とある立て看板が目についた。
「ん? なーに?」
「これ……地下でやってるみてぇだな」
洒落てる立て看板には、キャンドル、と英語で書かれてある。
どうやら個展のようで、どういうものかはこれだけじゃさっぱりわからない。
すると女子が俺を覗き込んできた。
「こういうの好きでしょ?」
「あ? 何で知って──」
「──当たり? ご飯までまだ時間あるし、まったりいいんじゃない?」
女子は看板の下にあるメニューを指差した。
ちっちゃい文字でカフェとは気づかなかった。
「……じゃあ、まったりしやすかい?」
「ふふっ、しやしょうか」
俺達はキャンディーを舐めながら地下の店に続く階段を下りた。
※
地下に続く階段は薄暗くて少し不安になる。
けれど今は平気。
男子が手を引いてくれるから。
「ここで合ってる、よな?」
「うん、一本道だもの。他にあったら怖い」
だよな、と男子が笑って黒い扉を開けた。
……わお。
男子の肩越しに店内が見えた時、私の目は見開いた。
キャンドルがいっぱい──灯りが、ぽわ、ぽわ、と光っている。
「お前、こういうの好きだろ?」
「え? どうして──」
「──ははっ、当たった」
薄暗くても男子の顔がすぐにわかった。
店内は喫茶店のようだけれど配置が変わっていると思った。
真ん中辺りにキャンドルがいっぱい飾られていて、席は窓際だけに並んでいる。
店員に案内された私達はその席──二人掛けのソファーに腰を下ろした。
目の前の低いテーブルにも小さなキャンドルが数個、ぽわ、と灯っている。
私はバッグも下ろさずに見てしまっていた。
「もう夢中になってら」
笑い混じりの男子がメニューを見せてきた。
まだ口の中にキャンディーが残っているし、と私は邪魔をしない蜂蜜柚子ティーを指差す。
男子も同じものにした。
「うん……夢の中みたいだわ」
火の色、橙色、グラスに映る火の影の色、焦げ茶色。
暖かくて、
「俺さ──」
男子がソファーに寄り掛かって話し出した。
私もバッグを肩から外して寄り掛かる。
柔らかいソファーが気持ちいい。
「──ぼーっとすんの好きなんだわ」
「まったり?」
「そ。星見んのとかもその延長。色々、独り言してんの。頭ん中で」
蜂蜜柚子ティーが来た。
透明のグラスの温かいそれはまた違った橙色。
男子と同時に一口──キャンディーが少し溶けた。
「どんな独り言?」
「んー……」
男子は、から、と口の中のキャンディーを転がす。
「……目の前の火、いっぱいじゃん? なんか、人が作った星、みてぇだな、とか」
近くに、遠くに、大きく、小さく。
空にあるのも、ここにあるのも──男子が好きなもの。
「……素敵な独り言」
「……恥ずいっ」
「んふ、楽し」
私はまた一口、蜂蜜柚子ティーを飲む。
そして、そっ、と男子の左手の小指に小指を絡めてみた。
横並びに座っている私達の、横目同士がぶつかって、小指が絡め返されて、微笑んだ。
たったそれだけ。
それだけで私の
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