第177話 ホットミルクティー(前編)

 待ち合わせ時刻は午後二時。

待ち合わせ場所は学校がある街の隣の隣の隣の街のとある古書店の角。


 ……ちょっと早過ぎちゃった。


 携帯電話のデジタル時計はまだ一時四十五分、まだ十五分もある。

本当はもう十五分もここにいる。

道向かいにある自動販売機で温かいミルクティーを買って手を温めて、時間待たせに少し飲んだ。


 さすがに冷えるわ……中で待ってても大丈夫かしら。


 そろり、と足を踏み入れてみると、独特の本の匂いがすぐにした。

古き良き色に、誰かと出会って分かれてしまった本達が棚の至るところに乱雑に並んでいる。

それにお天気が良い外よりも暖かい。


 初めてだけれど……いい場所。


 並ぶ背表紙達をゆっくり、てててて、となぞって、気になった一冊を手に取る。

その時、足元に何か触れた。

柔らかくて動くそれは、黒い猫だった。

古書店の番猫のようで、人懐っこく私の足にまとわりついてくる。

しゃがんで手を出すと、顔を寄せてきた。


「にゃーん……一緒に待っててくれる?」


 なんて独り言に黒猫は、なぁん、と答えてくれた。


 ※


 待ち合わせ時刻は二時。

待ち合わせ場所は寒いだろうしと古本屋を選んだ。

時間まで中にいりゃいいし、時間になったら角に出てくれば、と思ってだ。


 お、五分前。

時間通りー。


 携帯電話のデジタル時計は一時五十五分。

片手に持ったまま、片手はコートのポケットに突っ込んでライーンを打つ。


『着いた』


 すぐにつくと思われた既読のマークは、まだ。


 左右を見渡しても女子はいなさげだ。

もしかして遅れて今頃急いでるのかも、と想像する。

しかし想像の中の女子は、いつも通りの歩きで急いでる風ではなく、一人笑いを堪えた。

そんな俺はいつもより早歩きだったりした。

服とか髪とか、平気だろうか、と古書店の入口のガラス戸に薄っすら映る自分を確認する。

ささっ、とコートの襟元を直している時──一気に、照れた。

ガラス戸のすぐ向こうに女子がいたからである。

にや、としたような女子は、がらがら、とガラス戸を開けた。


「──私を待たせるなんて良い度胸ね」


「へ? 時間通りじゃん?」


「うん、ぴったりよ」


 女子は一度目を伏せて、ちら、と上目で見てきた時に、気づいた。


 楽しみに待っていた時間はもっと早かった、というわけだ。


「……遅くて、ごめんです」


 そう言った俺に女子は微笑んで、何故か手に持っていた携帯電話を操作し出した。

一瞬の震えが俺の手に──目の前の女子からのライーンを受信し、読んでみると、こう文字が届いた。


『らしい事、よーいスタート』


 ※


 ──ふむ、それは想定外。


 待ち合わせの古書店から離れた私達はとりあえず歩いている。


「そうねぇ、行きたいところか……」


 なんと、男子のプランはなかったのである。

けれど全くないわけではないらしい。


「飯は予約してんだけれど、それまでが諸事情で……ごめん、決めらんなくって」


「ううん。私もお任せしちゃってたしね。ちなみにクサカ君が考えてたところは?」


「す、水族館」


「んふ、定番」


「う、うっす」


「嫌いじゃないけれど、前にも言ったと思うけれどお魚は食べる方が好きだし──映画とか?」


「観たいのあんの?」


「……これと言って?」


「映画はなー、好みあるしなー。それに前にも行ったしと思ってさー」


 夏休みの話。

あの時の私達は今と違って、もう少し距離があった。


 こんな風に、手、繋いでなかったものね。


 そんな男子を左から盗み見してみる。

制服じゃなくて私服で、ちょっとお洒落してるみたい。


「──なぁんだよ」


 気づかれて男子が私を覗き込んできた。


「い、いつもと違うから、見ちゃってた」


 前ばかり見て歩くのが少しもったいない気がしたから。


「……クラキもクリスマスっぽい」


 私は今日、赤いスカートを履いている。

クリスマスカラーとでも言いたいのかしら。


「で、またかかと高い靴履いてんな?」


 うわい、ばれた。


「この前のよりは低いやつだもん──」


「──じゃなくて、痛くならね?」


 あ。


「……うん。テープ貼ってきたから、平気」


「なら良し。で、どこ行くべ?」


 こうしてふらふらお散歩もいいけれど、やっぱり寒い。

すると私の左側にあったお店が気になった。


「──ねぇ、ここ行きたい」


 そこは私が初めて入る場所。

いつも楽しんでいるし、遊んでいるけれど行く機会がなかった場所。

男子は驚いて止まった。


「……俺はいーけど、いーの?」


「うん。対戦しましょ」


 そう言って私は、ゲーセンってマジかよ……、と呟く男子の手を引いて自動ドアをくぐった。

るん。

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