第176話 ババロア(後編)

 食後の珈琲ならぬ、モカババロア。

甘さ控えめ、もっちり、とろーり、の食感。

おかわりがあればまだまだ食べれちゃうかも。


「おかわりはありませーん」


 む、母さんったらいつも私の思考を読むんだから。


「そうなの? ちぇー」


 あ、何だ、父さんに言ったのね。


 夜ご飯の後、リビングにあるテレビを見ながら私と父さんと母さんはソファーでまったり、もっちり、とろーり、のババロアを食べている。

そして言っておかなくちゃ、と私はスプーンの手を止めた。


「──クリスマスなんだけれど、お出かけしていい?」


「えっ? 誰と、あっ!! か、彼!? クサカ君!?」


 父さん煩いわ。


「デートだ」


 母さん直球ね。


「うん、そう。誘われちゃった」


「んふふー、嬉しそうな顔しちゃって」


「ば、ババロアが美味しいからだもん」


「はいはい。何時くらい?」


「お昼過ぎから──夜ご飯も食べてくる、かな?」


 男子からクリスマスの予定内容は聞いていない。

どこに行くとか、何をするとか。

けれど色々考えてくれているみたいだし、聞かない方が楽しいかな、と思ってだ。


「そかそか。母さんはオッケーでーす」


「えっ、ちょっ、スミレちゃーん……」


 スプーンを咥えたまま父さんは母さんを見つめる。


「シュージ君、言いたい事があるならちゃんと言うー。あと情けない声出さないのー」


 母さんにプチ説教された父さんは咳払いすると私に向き直った。


「……父さん、駄目なの?」


「だ、駄目じゃないよっ。ただ、今年は一緒にクリスマスケーキ食べれないのかー、って思っちゃって──」


「──食べるよ? 家に帰ってきてから。もちろん、絶対」


「そうなの?」


「うん。当たり前じゃない。クリスマスのケーキは特別だもの」


 私と父さんはお互いお菓子大好きで、ケーキももちろん大好きだ。

それに──。


「──クリスマスだもの。ケーキを食べる間でも家族と一緒にいたいわ。でも、彼ともいたいの。だから、私の初めてのクリスマスのデート……許してくれないかなぁ?」


 私も母さんと父さんに倣ってちゃんと言ってみた。

とても照れ臭いけれど、伝わったかしら。


「……母さんは許す」


 と、母さんから満面の笑みとともに了承を得た。


「ただーし! 門限は十時! 一分でも遅れたらお小遣いとお菓子を二か月間半分にします。お菓子の手作りも駄目」


 それは絶対に守るわ。


「……父さんは?」


 ババロアを食べ終えた父さんはスプーンを置いて、腕を組んで考えている。

そして小さく小さく、こう言った。


「…………いいよーだ」


 と、聞こえた瞬間、母さんが思いっきり父さんの頭をひっぱたいた。


「かっこ悪い! しゃんとしなさいシュージ君!」


 父さんは大きな体を縮こまらせてやり直す。


「わ、わかった。遅くなったら母さんが今みたいに鬼に──」


「──何だってー?」


「じゃなくてっ、んんっ、とにかく、門限だけは守りなさいね?」


 ……かっこ悪ぅ。

けれど了承は得た。


「……父さんありがと。母さんも」


 私は二人に微笑んで残りのババロアを食べる。


 よかったぁ……駄目かもってちょっと焦っちゃった。

けれど私が出かけちゃうと、父さんと母さんの二人ぼっちになっちゃうのよね……。


「ねぇ、父さんと母さんもデートしたらどうかな?」


 私は提案してみた。

父さんと母さんだって、私と男子みたいに初デートとかあったはずだ。

久しぶりにそういうのもいいんじゃないかな、と思ったのだ。

すると二人とも満更でもなさそうにお互いをちらちら、見ている。


「……お洒落して?」


 母さんに、うん、と言った。


「待ち合わせして?」


 父さんに、うん、と言った。


「そういえば映画とか久しぶりかもー」


 初デートは映画だったようだ。


「母さん、観たいのあるって言ってたじゃない」


「その後は散歩して食事に──うん」


 と、父さんは母さんの足元で正座になって、こう言った。

それは初めて母さんを誘った時と、きっと同じ。

私が見ていない、素敵な瞬間。


「……スミレちゃん、もしよかったら、クリスマスにデートしませんか?」


 あはっ、父さんも母さんも、初めてじゃないのに顔が赤いだなんてね。

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