第175話 ババロア(前編)
「……ヨリさんや」
「何だいオニィさんや」
「テーブルの惨状は何なんですかいな?」
「試作品ですけれど何ですかいな?」
風呂上りの俺が飲み物を取りに台所に入ったところ、目に飛び込んできたのは色とりどりの材料とボウルと皿がたくさんごちゃごちゃしている様だった。
妹のヨリが何やら作りまくっているらしい。
「オニィ、お腹平気系?」
「無事系だが?」
「試食頼みまする」
「頼まれた」
俺はまだ濡れた髪を拭きつつ椅子に座る。
ヨリはすでに冷やしていたそれらを出してきて俺の前に並べた。
「こっち普通の、これ苺、これ蜜柑、これヨーグルト。ババロアざんす」
「ざんすか。って、どうしたこの量。母さんに許可取ってんのか?」
「お母さんとお父さんの分もあるって言ったらいーよって」
ならいいか、と俺の分は試食だけかよ、と少し悲しんで一口目を食べる。
小さなカップのババロアはほんのちょっとずつだ。
お、上手く出来てんじゃん?
つるっ、と、ややもっちりと、甘さもちょうどいいんじゃん?
ヨリも一緒になって試食しては俺の反応を待っている。
「……例の彼氏にか」
「イエス、リクエスト。つか部活の皆で彼氏ん家に集まってプチパーティーすんの」
「ほーん、いいんじゃね? 苺とヨーグルト
「じゃあそれにするー」
早速ヨリは残りの材料で作り始めた。
おーおー、ポニテがゆらゆら浮かれてやがる。
「オニィは?」
「何が?」
「クリスマスだよ。出かけんの?」
「あ、うん。約束した──」
「──あら、あんたも出かけんの?」
母さん登場。
「まー、気合入れて作ってー。ちゃんと片付けなさいよー?」
「わかってますー! オニィとやるもん!」
え、俺もなの? 作ってないんだけれど?
「で? 誰と出かけるの?」
母さんの質問に少し顔を背けた。
「………………彼女、的な」
俺が小さくそう言うと、テーブルの対面に座りかけていた母さんはそのままテーブルに手をついて前のめり気味に近づいた。
「まーっ!! あらあらあらーっ!!」
「う、うるせーよ母さんっ」
「お父さーん!! リョウ、彼女いるってよーっ!!」
何だってー!? と、遠くから父さんの声がした。
あと駆け足気味の足音も台所に近づいている。
うぉぉ……なんだってうちの家族はいちいちはしゃぐんだぁ……っ!
そして父さん登場。
台所につくなり母さんの隣に座って、一緒になって、にやにや、と見てくる。
似た者夫婦とはこの事か。
「──美人か?」
開口一番それかっ。
「めっちゃ美人。何でオニィを選んだかわかんないくらいめっちゃ綺麗」
なぁんでヨリが答えるんだよっ。
っていうかお兄ちゃん悲しいぞその答え方っ。
と、思ったが俺はだんまりを決めてババロアを食べる。
「あらー、リョウもやる時やるのねー」
「ほんとなー」
……頑張りました、よ。
「じゃあクリスマスは初クリスマスデートか? お?」
「ぐっ!?」
ババロアで窒息するところだった俺は咳き込んで、頷くだけ頷いた。
「やだもー、お父さんとの初クリスマス思い出すわねー。お昼過ぎくらいに待ち合わせしてさー──」
え。
「──お散歩がてらに寒い中ふらふら歩いて、水族館に行ったわねー。お父さん覚えてる? もう周りカップルだらけだったわねー」
「覚えてる覚えてる。そうだったなー」
ちょ……。
「──それからお茶休憩して、夜はお父さんが予約してくれたちょっとお洒落なお店でご飯食べてねー。うふふー、懐かしいわー」
ま、マジかよ……。
俺は撃沈した。
だって予定が丸被りとか。
そんな俺に気づいた父さんが、にまにま、とこう言ってきた。
「父さんを参考にしても構わんぞ? 言っておくが成功例だ」
ドヤ顔にむかついた俺は軽く舌打ちをして起立した。
「……とにかく! クリスマスはそういう事なんで!」
「はいはい、いいわよー。門限は十一時ね。ちゃんと彼女を家まで送りなさいよ。いいわね?」
わかってるっつの! 送るまで予定に入ってるわ!
そして台所を出ていく俺に父さんは肩を組んできた。
小さい声は、父としてのアドバイスで──。
「──送り狼禁止な?」
とか言うもんだから、盛大にむかついた。
「……するかっ! くそ親父っ!」
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