第167話 カフェ・ラ・テ(前編)

 ──何の話だったんだろなぁ……。


 部活のミーティングから戻ってきた俺は自分の席に座っている。

そして戻りがてら自動販売機で買ってきたカフェ・ラ・テを飲んでいる。


 はー……あったけ。


 暖房ケチらないで教室にも付けてくれればいいのに、なんて思いながら週刊漫画雑誌を開く。

テストのせいで読めなかった分が溜まっていた。


 ……気になるなぁ。


 漫画の続きじゃなくて、女子、と、レンと後輩の女の子。

レンは中学でも一緒だったし、クラスは一緒だった事はないけれど顔見知りだ。

後輩の女の子はモデルの企画の時──かっこよくて煩いって感じしかわからない。


 もう一口、カフェ・ラ・テを飲んだ時、女子が戻ってきた。


「──あら? 私の方が早いと思ってたのに」


「同じくらいだろ。部室棟の方が遠いしさ」


「そうね。おかえり」


「ただいま──って、逆じゃね?」


「じゃあ、ただいま」


「はい、おかえり」


 微笑んだ女子は教室の廊下側、一番後ろの席──俺の後ろの席に持って行っていたお昼ご飯用の小さなバッグを机に置いた。

そしてそのまま座るのかと思いきや、立ったままだった。


「ん?」


 俺は足を組んで左斜めに女子を見上げる。

女子はまだ微笑んでいた。


「どした、機嫌いいな」


「うん。今、とっても嬉しいの」


「ふーん?」


 それは多分、レンと後輩の女の子のおかげか、行く前より良い顔になっている。

すっきり、したような、そういう顔をしている女子は横座りしている俺の前に来た。


「一口、欲しいな?」


 カフェ・ラ・テに目をつけられて俺は、はいはい、とミニペットボトルを渡す。

ほどよく温かくなっているので持つだけで、ほっ、とする。


 女子は一口飲んで、ありがと、とキャップを閉めた。


「……まだ、何か?」


「うん」


 女子の微笑みは喜ばしい事だけれど、それが逆の時がある。

眉を顰めてしまうような、後退りしたいような。

けれどそう反応したらしたで機嫌が損なって──しまわない時の方が多いのだけれど、負けてしまうような感じがするので俺は頑張る。


「──あのね」


 女子が話し出した。

ああ、と思った。

正直聞きたくてうずうずしていた。

けれど女子は、女子の中でまとまったら教えてくれると思っていた。

だから聞かなかった。

もう? と思った今、俺は聞く。


「うん」


 いつでも聞いてやるよ、って頷く。


「──私、がんばるの。まだ苦しかったりするけれど、恥ずかしくなる私になるわ」


「……はい?」


「んふっ、聞いてくれるだけでいいの」


 そして女子は、久しぶりにを言った。


「──手を上げろ」


「え」


「早ーく」


 女子はまだ微笑んでいる。

俺は漫画雑誌を机に置いて、組んでいた足を解いて、ホールドアップする。

開いた手を左右に見て、以前は手のひらだったな、なんて思い返して少し照れた。


「目──」


「──はいはい、目も閉じるんだろ?」


 今度は何をされるんだか、と俺は諦め半分、楽しさ半分に目を閉じた。


 ……恥ずかしくないクラキって、そんなの思った事ねぇのになぁ。

どっちかっつーと俺の方が恥ずいばっか。

こいつは色々やってっし、さらにやろうとしてっし──。


 ──俺はまたそういうの、何も無い。


 と、手に何か触れた。

両手とも温かくて、女子の手だと分かった。

手のひらに手のひらを合わせて、指を絡ませてきて、握られた。


「ふふっ、無防備って素敵」


 サディスティックな発言の顔はきっと楽し気なんだろうな、と瞼に見た。

俺は緩く手を握り返してみる。

初めて、こういう手の繋ぎ方をした。

全然動いていないけれど、なんかこそばゆいような、くすぐったいような──。


 ──ん?


 と、今度は口に何か当たった。

それは数秒で、離れようとした時、思わず開いた目に至近距離の女子の目が映った。


「……ほんと無防備って素敵。隙だらけなんだもの」


 俺は女子に手を握られたまま、三回目のちゅーをされた、ようで。


「お、お前っ、ず、ずる……っ──」


「えへ、我慢出来なかった──」


 と、教室の後ろの扉から飛んできた声に俺達は遮られた。

そこには、オオカミ先生と言われる厄介な先生が首を傾げて立っていたのだ。


「……校則違反を肉眼でかくにーん」

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