第163話 チョコまん(前編)

 ──私は自分をとても非情だと思っている。


 中学の時の同級生だった女の子二人は、ぺちゃくちゃ、と喋っている。

私に声を掛けたのに、私の声は必要ないようだ。

おそらく、私の事を言っていると思うのだけれど、私は話半分に聞いていた。


「──ちょっとー? あんたの話してんだけど?」


「……そう」


「ちゃんと聞きなよー。せっかく喋ってんじゃん?」


 お願いしたつもりはない。

そんな事より、で頭はいっぱいだ。


 ……どっちも、なんてお名前だったか思い出せないわ。


 顔は薄っすら覚えている。

はっきり、じゃない。


 それに二人は、変、に笑いながら私を見てくる。


 ここは帰り道の脇に入った小道で、薄暗い影はさらに私の手を冷やしている。

お腹も空いたし帰りたい。

こんな事ならまだ学校にいればよかったとも思う。


 私は俯いて革靴の爪先を見つめる。

すると肩のところをとんっ、と押されてよろめいた。


「──あんた変わんないねー」


 半歩後ろに下がった私は顔をあげる。

どこが、と聞き返すのは、質問するのはやめておく。


 この人達に聞きたい事なんて、ない。


「おかげさまで」


「は? 何いい風にとってんだよ」


 じゃあ逆がよかったかしら。

変わりました、と言えばよかった。


 この二人は中学の時、こうやって時々話しかけてくる女の子達で、よくわからない女の子達だった。

いつも攻撃的な感じがするのは、ようで何よりだ。


 はぁ、と私は薄くため息をついた。


 少しも変わっていない人もいるのね、と思った。

久しぶりー、なんて、そんな楽し気に話しかけられた記憶はないのに、しゃあしゃあ、と嘘をつくところ。

何の脈略もなく突然、強い言葉で返すところ。

何の用があるのか、全くわからないところ。

少しも、微塵も変わってなくて、何も言う事がない。


「澄ました顔して、あたしらを馬鹿にしてんの?」


 勝手な事ばかり言うところも変わっていない。


 はぁ……とっても面倒臭いわ。

どうしましょう、そうね……知らんがな、なんて大きな声で返せたらどんなに気持ちがいいか。


「──で? さっき一緒にいたのって彼氏?」


 こめかみが、ぴくっ、とした。

まさか男子の事を言い出すなんて。


「まっさかー。ぼっちなこいつにいるわけないじゃん」


 また好き勝手に笑っている──嗤い返してやる。


「──ええ、彼氏よ。いるの。あなた方にはいないの? あ、ごめんなさい。いるに決まってるわよね? 見当たらないけれど今日は別行動? きっとがんじがらめに拘束するくらいべたべたしているところを周りに見せびらかすタイプだと思ったのだけれど違ったかしら? 残念、見たかったわ」


 真っ直ぐに見て私は言った。

言ってやった。

言い返した。

言い返してやった。


 中学の時はこんな風に言い返したりはしなかった。

ただ黙って時が過ぎるのを待っていた。

面倒臭かったから。

けれど今の私は中学の時の私じゃない──変わったの。

まさか言い返されるとは思わなかった二人は、耳まで真っ赤、血がのぼっているみたい。


「……他に用がないなら行くわ──」


「──あんたっ!」


 思いっきり腕を掴まれて少し顔が歪んだ。

痛い。

力加減も相変わらずだって事を教えてくれてありがとう。

けれど、私はあなた方に変わったところをもう見せるつもりはないの。

だって──。


「──どうでもいい私に構うなんて、あなた方も暇ね。前も、今も」


 ああ、言っちゃった。

激高まであと三秒、といったところかしら。


「……調子にのん──」


 ──と、私を掴んでいた女の子の顔が変わった。

目は私の少し後ろを見ているようで、私も振り向く。


「なっ、何?」


 そこには背が高い女の子が、じぃっ、と見ていた。

手には、肉まん? あんまん? じゃない、包んでいる紙でわかった、チョコまんを持っていて、もぐもぐ、と食べている。


「に、ニノミヤさん……」


「クラキ先輩こんにちは! こんなとこで何してるんですか!?」


 声が大きい。

その音量に私を掴んでいた手が離れた。


「クラキ先輩のお友達ですか!?」


 あっけらかんと聞くニノミヤさんに、女の子達は笑って誤魔化そうと──答えようとしやがった。


「そ、そうそう。友達──」


「──


 そんな嘘はつかせない。

二人は私の友達じゃない。

嘘は嫌い、大嫌い。

冗談でも、絶対に嫌。


「えっ? えっ?」


 中学の時、私はある時から独りになった。

独りを好んだ。


 人を──拒んだからだ。


 今は……違う。

けれど、前を知る、前を引きずる二人はそのまま。

だから私も、そのままで返したの。


 気まずい雰囲気に困り顔のニノミヤさん、睨む二人はまた私を見つけては絡んでくるでしょう。

今日は、ここまで。


「……行きましょう、ニノミヤさん。さようなら」


「あ、は、はい……さようなら、です」


 私はニノミヤさんを促して歩き出した。


 ……ごめんねニノミヤさん。

今は何も言わないで欲しい。

聞かないで欲しい。

もう少し、あの人達と離れるまで。

中学の時の思い出から、離れるまで。


 今は何も──非情な私を知らないで欲しい。

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