第162話 スノーボール(後編)

「──あーん」


 私はスノーボールを男子の指から、食べた。

かりっ、ざくざくっ、さくさくさくっ、と割って砕いて、はい美味し。


「ちょい、袋」


 はいはい、と左手に持った袋を私と男子の間に寄せる。

がさっ、と男子がまた一つ、スノーボールを取って食べた。


 さっき、じゃんけんをした。

勝った方が袋を持つ方、負けた方が食べる方と食べさせる方。

なので、勝っちゃった私は男子に、あーん、されながら食べている。


 我儘だったかなぁ? けれど指繋ぎしたかったんだもん。

呆れてないかなぁ?


 私は、ちら、と男子の横顔を見上げる。


「──なぁんだよ?」


「……こっち見てないのに何でわかったの?」


 男子は前を向いていた。


「クラキって目立つんだよ」


 んぅ?


「空気が動いたっていうか……なーんつーんだろ。とにかくわかんの」


 よくわからない。


「……私って変かな」


「何が?」


「私」


 私そのもの。


 やや俯いて、少し傷ついた革靴の爪先を見つめる。


「……変って言われれば変かもなー」


 ……やっぱり、そうなのかなぁ。


 また男子が手を伸ばしてきたので私はお菓子の袋を寄せる。

がさがさ、とスノーボールは何個目でも美味しそう。


「──まーた何考えてんだ、よっ」


 そしてスノーボールが唇にぶつかって、私は薄く唇を開いた。


「変、上等じゃん」


「……む?」


「どっこも変じゃない奴って、何?」


 ちょうど横断歩道の手前で男子が止まった。

点滅する青なのに、急げば渡れるかもなのに止まった。

ごくん。


「俺は変な奴好きだね。それって俺が持ってないもん、持ってるって事じゃん? もちろんいい意味での変な?」


「……うん」


「逆も言えんじゃね? 例えば──俺はクラキといると、変、になんだよね」


 横目で、上目がちに男子を見た。


「いつも通りじゃいらんなくなんの。知らなかっただろ」


 男子は繋いだ指を軽く揺らす。

それは私が感じてる事と同じだろうか。

嬉しいとか、ちょっと恥ずかしいとか。


 それでも離したくないな、とか。


「……ふふっ、変なの」


「お前が言うなっつーの。ま、似たようなもんって事で。っていうかつまらん事でまた下向くんだったら──」


 男子が少し屈んで、ひそ、と耳打ちしてきた。


「──チューすんぞ、こんにゃろ」


 どっかーん!! 多分どこかで噴火したわ。


 ばっ、と離れた私だったけれど指は繋がったままでいる。


「なっ、な、な、なっ!?」


「くはっ、すっげー真っ赤。マフラーいらねんじゃね?」


 にやけた顔は好きだけれどむかつく! もう!


「……ん!」


「はいはい」


 お菓子の袋を男子の胸に軽くぶつけた私はスノーボールを要求する。


 あーん、かりん、さくさく。


 また一つ──新しい私をごくん、と飲み込む。

そうさせてくれたのは男子で、私の変な悩みなんてふっとばしてくれた。

信号が赤から青に変わって、私達はまた歩き始めた。


 もう少しで私の帰り路と男子の帰り道が分かれる。

私は真っ直ぐに、男子は右に曲がってしまう。

もう少しで、指が離れてしまう。


「あー……勉強したくねー……」


「また赤取っちゃうわよ?」


「取った事ねぇわぃ」


 知ってる。

男子はいつも平均点をうろちょろしてるって事。


「また何か、うにゃうにゃ、したらライーンしてこいよ?」


「邪魔しない?」


「休憩ってマジ必要」


 知ってる。

男子がいつも私を気にかけてくれるって事。


 だから──自分で何とかしたいと、思うの。


 分かれ道の角についてしまった。


「じゃ、ライーンで」


「うん。指、ありがとう」


「こちらこそ?」


「あは、変なの」


「変でいーよ」


 する、と指が解かれた。

瞬間、もう、寂しくなるなんて、初めて知った。


 ※


 一人になって私はさっきまで繋いでいた指を撫でていた。

あんなにぽかぽかしていたのに冷たくなっている気がして──その時、後ろから私の名前が呼ばれた。


「──久しぶりー、クラキさん」


 違う学校の制服の女の子が二人。

彼女らは振り返った私を見て、わらっている。

ああ、と気づいたのはすぐだった。

二人は、中学の時の同級生だった。

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