第161話 スノーボール(前編)
学期末テストが始まった学校は閑散としている。
今日のテストは全て終了したので、皆颯爽と帰宅したようだ。
俺は少し早い昼の放課後、教室の廊下側の後ろから二番目の席で、だら、と座っていた。
眠いような眠くないような、やっぱり眠いような、と組んだ手をそのままに上に伸びをする。
肩が、ごっきん、と鳴った。
「──お待たせさま」
お。
「おかえりさま」
女子が教室に戻ってきた。
そして座る事なく、こう言ってきた。
「問一」
選択問題だった。
「A」
「Bよ」
ぐぬ。
俺もバッグを肩に掛けて席を立つ。
女子はマフラーをふわん、と首に巻き付けていた。
あったかそうだ。
俺もちょっと寒くなってきたので学ランの中にパーカーを着ている。
忘れ物はなし、準備完了。
「問二」
「……A?」
「自信なさ気ね」
「一問目から間違ってるんでー」
と、同じように肩にバッグを掛けた女子は指を絡めてきた。
女子の右手の人差し指と、俺の左手の人差し指。
「……どっち?」
「私もA」
じゃあ多分正解だ、と俺は指を曲げて女子の指を絡め返す。
女子は書道部の部室まで教科書を取りに行っていた。
テスト中は教室内に教科書類は一切持ち込み禁止なので、持って帰るのが通例なのだけれど、まぁそうしないのが俺達だ。
「帰るべか」
「うん」
俺はテスト中は廊下に放置していた。
他のクラスメイトも、別のクラスの奴もそうする奴が多いので、テスト中の廊下はちょっと面白い。
明日のテスト教科の教科書は家にある。
階段を降りながら俺達は話す。
「珍しいな。クラキが家で勉強とか」
女子は家では勉強しないと言っていた。
しかし成績は毎回学年上位にいる。
「初めてかも」
おー腹立つー。
「教科書読み返すくらいはしようかなって思って」
明日は数学のはずなのに解かないで読むんですか、と俺は眉間に皺を寄せる。
「クサカ君は今日も徹夜?」
「なぁんで今日もしてるみたいに言うんだーぁ。徹夜ってねぇでーす」
「そうなの? あくびしてたのに」
それはテスト疲れというやつだ。
「教えてもらってっからな、いつもより出来た……ような気がするような?」
「あは、はっきり言えないとこ正直でよろしい」
さいですか。
下駄箱についた俺達は一度手を、指を離す。
開け放たれた昇降口からは風が、びゅう、と入ってきた。
スニーカーを履いて、女子が履く革靴の踵を見る。
ちっこい靴で、ちっこい足だ。
「ん? なーに?」
「……いんや。指、繋ぐ?」
「いんや。繋がなーい」
がーん、アンド、がっかり。
そりゃ学校でだと恥ずかしいとかあると思うけれど、さっきは繋いでいたじゃあないですか。
「──これ、食べながら帰りたいと思って」
ああそういう事か、とウェットティッシュを受け取って手を拭く。
ちょうどゴミ箱が近くにあって助かった。
それから女子は、ばりっ、とお菓子の袋を開けた。
「いただきまー」
「いただきます」
同時に白くて丸いクッキー──スノーボールを食べる。
かりぽくっ、と噛むと、溶けるような溶け切らないような不思議な食感と、まったり、するような甘さがすぐに美味しい。
「こうやって食べ歩きしながら一緒に帰るの、初めてね」
指についた粉砂糖をぺろり、と舐めながら女子が微笑む。
「んだな。食べてからでも良かったのに──」
「──それだとクサカ君の勉強時間が減っちゃうじゃない。私って優し」
「……悪魔め」
「天使よ?」
「俺からすれば逆だー」
「このお店のクッキー美味しいのね。また別のも買ってみーましょ」
話を聞いてくださいな?
次々とスノーボールを食べていく女子の手は塞がっている。
左手にお菓子の袋、右手はお菓子をひょいひょいぱくぱく動いている。
と、その手が止まった。
「……困ったわ」
「ん?」
「お菓子も食べたいけれど、クサカ君と指繋ぎもしたいの。けれど指繋ぎをするとお菓子を食べれないの。むぅん……」
そう困りながらも女子はまたスノーボールをつまんだ。
どんなテスト問題よりも難しそうな顔をしているのは気のせいじゃない。
それを直視出来ない俺は考えた。
とりあえずわかるのは──女子は悪魔じゃなくて、小悪魔って事、だけ。
ぬぅん!
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