第160話 ひよこ豆(後編)

 ご無沙汰しております。

女子さんの携帯電話のボクです。


 ……さっきからこのオバサン、うるさい。


『──だからねー、ワタシ的に女子ちゃんも言い方ってのがあると思うのー。至極簡潔で簡単で短文じゃーん?』


 話しかけなきゃよかったな……。


『駄目ってわけじゃあないけれどー、もっとラブラブな文とか受信したいなーって思うわけー。そしたらワタシのご主人も喜ぶしー。あ、でもでもワタシが無事じゃないかもぉ。あっはっは! 何回握り壊されそうになった事かーっ! あんにゃろうマジで手加減しないんだぜ? つらーい」


 ……訂正、このオバサン、マジうるさい。


 ボクと男子の携帯電話のこのアネサンは女子さんの机に並べられています。

アネサンからは割と趣味の良い曲が流れていて、男子さんと女子さんはお勉強中です。


 ──こんなに近くで男子さんを拝見するのは初めてです。


 女子さんは家ではボクをそばに置いてくれますが、学校ではバッグの中で留守番させる事が多いのです。


「次は私の番ね」


 ご主人がボクを手に取りました。

ふむ、これは──。


「──うぉ、マジ?」


「マジってなーに?」


「こういう曲も聴くんだなーっていうびっくり」


 ふふん、ご主人は割と雑食です。

失礼、食わず嫌いはしない方です。

お洒落な曲ばかりではなく、激しい? 曲も好まれるのです。

今日のお菓子だってそうです。

今まではカタカナのお菓子を多く用意されてましたけれど、どんなものでもアレンジを加えたりと美味しく召し上がっています。


 出来た時の味見よりも良い顔をされているのは少しだけ癪ですが。


「さっきライーンだったろ?」


「うん」


「友達?」


「んー……友人、という言い方になるのかしら」


 おや? まだご説明されていなかったのですか?


 先ほど来たライーンはボクが受け取りましたので内容は知っています。

もちろん、誰か、という事もです。


 男子さんは気になるのか、シャーペンをお箸に持ち替えて、ひょいひょいひょい、とひよこ豆を口に運びます。

ご主人をじーっ、と見ながらです。


『おやおやおやおやぁ? 面白い事になりそ! 何なにナニー!?』


『アネサンうるさいです』


 あら失礼、と言いながらも、そわそわ、と電波が揺れるアネサンは放っておきます。


 ……ご主人、ちゃんと続きを言いましょう。

男子さんは割と面倒くさい奴です。

誤解を招いてしまいますよ?


 ご主人もひよこ豆をぽりぽり、と食べます。


「気になる?」


「なる!!」


『だっはっはっは! うちのご主人ってば可愛いーっ!!』


 うるせぇジジィ。

ご主人もその顔は何ですか、どうして頬が少し赤くなるんですかっ。


「……えへ。こんな事で私を嬉しくさせるのはクサカ君だけよ?」


 あーあーあーあー、あーっ。


 じたばた出来ないボクですけれど、じたばたしたい気分です。


『ひょえーっ! 何今の! 一撃必殺っていうか一撃メロメロじゃなーい! 熱暴走起こしそ! いいないいなーっ!』


 どうぞどうぞ、静かになるなら熱暴走してどうぞ。


「べ、別にいーんだけど、さ。ちょっとした会話っす。教えたくねぇならいーよ」


「ふふっ。夏祭りに一緒に行った人よ」


 カジノゾミ、という方です。

ご主人のお姉さんの恋人だった方です。


「……男?」


「うん」


 ああ、また。

先ほどアネサンが言っていた、簡潔な短文、という返しをご主人はしています。


「──少しだけ好きだった人かも、って人なの」


 えっ、ちょっ、ご、ご主人?


『あーらあらあら……あらぁ』


 これにはアネサンも言葉が出ないようです。

ボクも戸惑っています。

それにボクからこの場に似つかわしくない曲が、じゃんじゃか、鳴っているわけですし、居たたまれない感じがします。


「……そっか」


 あれ? 思ったよりも男子さんの顔は穏やかです。


「うん。いつかクサカ君を紹介したいと思ってるのだけれど、どうかしら?」


「ぬっ、それは緊張しまするなぁ……」


 私も、とご主人と男子さんは微笑み合っています。


『……で、どうしてアネサンは泣いてるんですか?』


『だってぇ、男子ちゃんってば成長したなぁって感慨深くなっちゃってぇ……っ』


 否定はしません。

男子さんがわかってくださったからです。

ご主人にとってカジさんは気が許せる人で──男子さんはもっと気が許せる人だからです。

悔しいですが、ボクよりもずっとご主人を笑顔にさせてくれます。

少しばかりまだむかつくしいらつくし腹立ちますけれど、ボクから勝手なプレゼントです。


『──あら! いい選曲よ、ボクちゃん!』


『ありがとうございます、アネさん』


 気休め程度に、一曲だけ。

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