第158話 ペスティーニョ(後編)

 ペスティーニョのお供は温かい緑茶で、もうすでにぬるくなっているそれを俺は、ずるーー、と口に含んで一気に、ごっきゅん、と飲んだ。


 何でもいう事聞くゲーム大会は、一ラウンド目は俺が勝って、二ラウンド目は女子が勝った。

そりゃもうあっけなくゲームりょくの差を感じるほどに。


 そんな女子は今、席を外している。


 すーぅぅうううう……はーぁぁああああ。


 胸に手を当てて思いっきり深呼吸した俺は、両手で眼鏡を外して上げた。


 三ラウンド目は、俺が勝ったのだ。


 接戦も接戦で、正直負けると思った。

けれど、やけくそで適当にボタンを押していたら勝ったっていう、かっこ悪い勝ち方だけれど、勝ちは勝ちだ。

そんなわけで──。


 ──俺、今からクラキと三回目のちゅーをしますよ!!


「……何その手。こわ


 女子が戻ってきたのに気づかず、ガッツポーズしていたのを見られてしまった。


「しょ、勝利に浸ってた」


「むかつく」


 女子はそう言いながらも微笑んでいて、タオルと歯磨きセットをバッグに直している。


 …………やっべ、緊張してきた。

っていうか勝った瞬間からしてたけれど、してたけれど。

ちゅー、した事あるけれど。


「よし。じゃあ、はい」


 と、俺の気も知らずに女子は椅子に座らずに立ったままでそう言った。

仁王立ちの腕みは悔しさの表れか、苦笑いするしかない。

なごみはした。


「……なぁんだよ、その立ち方は」


 すると女子はこう言った。


「どうやって居たらいいのかなって考えた結果よ」


 チョイスミスでは、と俺も椅子から腰を上げて、女子の正面に立った。


 ……確かに、どう居たらいいか、と迷うなこりゃ。


「──よしっ」


「えっ!」


「え?」


「も、もうなの?」


「クラキが先に、よしっ、つったべ」


「そうだけれど、そうだけれど……」


 女子はやや斜め下に俯いていて口を尖らせている。

そんなに負けたのが悔しかったのか──そうじゃない、と俺は気づいた。


 女子の手が少し震えていたからだ。

それを隠すために腕を組んでいたのも、気づいた。


「……ん」


 俺は左手を差し出した。


「な、何?」


「いーから手を握れぇ」


 まだ口が、むぅん、と尖ったままの女子だけれど、そろ、と右手が乗せてきたので、緩く指で握ってやった。


「冷たいなー、お前の手」


「そう、かな」


「うん。あと、めっちゃ緊張してんなー」


 びく、と女子が反応した。


「……どうしてそんなに余裕──」


「──なわけないじゃん」


 被せて言った時、女子と目が合った。


「おんなじだよ。一緒」


 一緒。

余裕ないのも、緊張すんのも、どうしていいかわかんないのも、全部おんなじ。


 女子は少し上を向いて俺を見ていて、俺は少し下を向いて女子を見ていて──三回目のちゅーを、しようとしている。


「……聞いても、いい?」


 まだだった。


「ん?」


「一回目の時は……どういう風に、したの?」


 それは夏祭りの俺の、衝動的なやつ。


「きっ、聞くか? それ」


「だってわかんないから、参考、に」


 あの時、女子は俺が見えてなかった。

俺が目を隠したから。


「……一瞬であんま覚えてない! っていうか二回目はお前からしたじゃん。覚えてねーの?」


「わ、私だって一瞬だから……じゃなくて! 今回はクサカ君からだから私のはいいの!」


 何だこの言い合い。

けれどそうだ。

こうやって向かい合って、お互い同士っていうのは初めての事だ。


「……じゃあ、俺なりに、する」


 俺は女子の手を少し強めに握った。

じゃないと震えそうだったから。


 どきどきする。

どきどき、よりも、どどどど、って感じ。

そんな音を体いっぱいに聞きながら、俺は半歩近づく。

女子の目が右、左に泳いだ。

少し後退った。

けれど繋いだ手で逃がしてやらない。


「ちょ、ちょ、ちょっと待っ──」


「──待てない」


 もうお菓子も質問も腹いっぱい。

俺の我慢も、腹いっぱいだ。


「……目、閉じねぇっすか?」


 女子の目が、ばちっ、と真ん丸に開いている。

俺が言ってやっと、ぎゅっ、と目を閉じた。

同時に俯いてしまったので顎に少し触れてみる。

また、びく、とした女子は少し上を向いた。


 薄っすら赤い唇が、近くにあった。


 …………えい。


 俺は女子を抱き寄せた。

首の後ろに腕を回して、やや弱めに俺の胸に包む。


「──え?」



「ど、どうして? せっかく勝てたのに──」


「──いいんだよ。びびりちゃん」


 女子は震えていた。

そんな奴に、何か違うっていうか……勝った時じゃなくて、そういう時、でいいかなって──そういう時がいいな、って思ったから、だから変更した。


「……びびりじゃないもん」


 ふっ、と笑った俺は手を解いて両手で女子をハグする。

女の子の感触は、ふわんふわん、だ。

何でこんなにやっこいのってくらい、柔らかい。


「……お?」


 女子も俺の背中に手を回してきた。

制服を掴むみたいにして、けれどしっかりハグしている。


「……ありがと」


 小さい声で言う女子はすっごくいい匂いで、さっき食べたペスティーニョの甘い、蜂蜜の匂いがした。


 どうやら俺は、どうしても女子には弱いみたいだ。


 だから次の宣言を。


「……今回は負けといてやるけど、今度は絶対すっからな?」


「えっ!?」


 驚く女子に俺は、べ、と舌を出したのだった。

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