第141話 グミ(前編)

 いつもの放課後の教室は、いつもと違って賑やかだ。


 いつもの廊下側の一番後ろの席ではなく、隣の席に座っている私の前には生物部の一年生、タチバナ君が座っている。


「──こっちはどうですか?」


 私の頭の辺りに花の写真を掲げては掲げて、相談している。

厚いミニアルバムをぱらぱら、と捲っては数枚出して、あれやこれや。

机の上はもう写真だらけだ。


 そんな私は、かちかちかちかち。


「あー……青系より赤系のが映えそうだな」


 そう答えたのは企画に参加する写真部の二年生で、七組の男の子──雨音蓮アマネレン君。

初めましての人で、初見の感想は、きっ、とした顔つきの人、という感じ。

男子よりも背が高くて、タチバナ君より背が低いレン君は、デスケルであらゆる方向から私を覗いては見まくってくる。


 見まくられている私は、ばーんどかどかどーんかちかちかちかち。


「クラキ先輩、ちょっと顔上げてもらっていいですか?」


 もう一人は最近、部活として認められたメイク部の一年生の男の子──一ノ瀬鯨イチノセクジラ君。

カトー君と同じクラスらしく、自己紹介の時に共通の話として出た。

私と同じくらいの背丈で男の子としては小柄? なクジラ君も、じろじろ、と私を見まくっている。


 見られまくられている私は、はいはい、と目は思いっきり下に向けたまま顔を上げて、どっかーんかちかちかちかち。


「ふぅ、三連勝──」


「──クラキ先輩、もうちっとこっちに集中してください」


 タチバナ君が少々呆れ顔、無表情だなんて嘘だわ。


「お前凄いな。こんだけ色々やってんのに一心不乱か」


 今日初めましてなのに、お前呼びは失礼じゃないかしら、レン君。


「うーん……いやこっち……あー試し塗りしてぇ……」


 クジラ君は全然気にしていないようだけれど、と思った私だったけれど軽くガッツポーズした拳を猫の手のように、にゃ、と曲げて、頭も一緒に、ごめんなさい、と謝った。


 私は今、ゲームに興じていた。

携帯型ゲーム機でボタンをかちかちかちかち、と押しまくっていたのである。


 先日、男子に第二回何でも言う事聞くゲーム大会を提案した。

今回はトランプではなく、電子ゲーム。

以前、お互いゲームをするという事がわかったのでせっかくならば、と勝負したかったのだ。

このゲームは少し前に父さんとやっていて、今は父さんのゲーム機をぱくって男子に貸している。


 その男子も教室の窓際の席で絶賛ゲーム練習中だ。

お互いに負けたくないので時間を見つけてはやっている。


「はい、ちゃんとします──」


「──と言いつつゲーム離さねぇんすか」


 じとり、と私の視線と、じろり、のタチバナ君の視線が、ばちち、とぶつかった。

するとそこに遊びに来ていた生物部の二人が寄ってきた。

ノムラさんとチョウノさんだ。


「じゃ、ゲームはアタシとチョウノちゃんでやりまーす。貸して貸して」


「えっ、私あんまりゲームしないんですけれどっ」


 ノムラさんにゲーム機を没収されてしまい、窓際へと逃げられてしまった。

待って、と手を伸ばすけれど企画組の三人の男の子に阻まれる。

むぅん。


 企画組ではないノムラさんとチョウノさんは、今までお菓子を食べながら見学していた。

ノムラさん自身もメイクをするのでちょこちょこ意見を言ったりしていたのだけれど、チョウノさんは人見知りが発動したようで終始静かだった。

今はきゃっきゃと楽しそう。


「ほい。クラキも色々言ってくれや」


 レン君がグミの袋の開け口を私に向けてそう言った。

ごそごそ、と適当につまんだグミは赤紫色。

ぶどう味かしら、と丸いそれを指の間で転がす。


「私も色々言っていいの?」


「え? もちろんですけれど。クラキ先輩が気に入るのが一番ですよ?」


「そ、そうなの?」


 タチバナ君に首を傾げながらグミを食べる。

ぐにぃ、ぶにぶに、と弾き返そうとする食感が楽しい。

やっぱりぶどう味で何回か噛んだら、ふわん、と味が強くした。

企画組の三人もそれぞれの色のグミをぐにぐに食べている。

そして三人同時に椅子を引きずって、より私の周りに座った。


「企画説明、あんましてなかったんで改めて簡単に。俺はやってみたい花のアレンジがあるんですけれど、ただ作るんじゃつまんねぇからクラキ先輩や色んな人に声掛けて頼んだんです」


 タチバナ君はオレンジ色のグミだった。


「俺も自分の趣味が役に立つなら、ってのもあっけど、面白そうだからってのが先に来たな。あと暇だったし」


 レン君はレモン色。


「俺もそですけど、皆で何かやんのって初めてなんでこう……皆がそれぞれ気に入ったもんじゃなきゃ意味ない、っていうか。なのでクラキ先輩もただの飾りじゃなくて意見とか、欲しい、です」


 クジラ君はピンク色。


 それぞれのが、あった。


 私は数十分間、片手間に参加していたのを改めて反省する。


「……私に何が出来るかわからないけれど、頑張り、ます。改めて、よろしくです」


 もう一度きちんとごめんなさいをした私は、ぱっ、と顔を上げた。


 もう楽しかったけれど、もっと楽しんでやろうじゃない?


「じゃあ──タチバナ君、お花の写真全部見せて。と言っても季節のお花じゃないと厳しいと思うからピックアップしてまとめて。レン君は私をじろじろ見る事を許可するわ。それと黙って見られるのはちょっと不快だから話か質問をして。じゃないと私、真顔か睨むわ。クジラ君はぶつぶつ煩い。どういう風に思ってるか知りたいから教えて。あと嫌いな花もあるし、嫌いなアングルもあるし、嫌いな色もあるからそこんとこよろしく。わかった?」


 一通り一気にいうと企画組三人は、少しを置いてから返事した。


 圧倒された? まさか──私の方が圧倒されてるわ。

こんなに素敵な事を考える人達に囲まれてるんだもの。


 それと逆に、好きな花もアングルも色もあるからそこんとこよろしくお願いします、と私は目の色を変えてやっとで、参加するのだった。

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