第142話 グミ(後編)

 いつもの放課後の教室は、今日は賑やか、過ぎ?


 窓際の後ろから二番目の席で、俺は窓を背に座っている。

そして一生懸命、ゲームに興じている。

捻挫した足首のせいもあってあんまり動けないので日曜も丸一日やっていた。

といっても順調に回復している、と思われる。


「──お?」


 と、ノムラと生物部の一年生の女の子がこっちにやってきた。


「ういー、同じゲームやってんだって?」


「そ。って、えーと、喋るの初めてだっけか」


 ノムラの背中に一年生の女の子が半分隠れている。


「ほーれほれほれ、チョウノちゃん怖くないから出ておいでー」


「うっ……は、初めまして、です」


 どうやら人見知りをしているようだ。

俺もう、色々、知られているようなので初めましてという気もしないのだけれど、簡単に、初めまして、を言った俺は、座れば、と付け加える。

俺の後ろの席にノムラ、ノムラの隣の席にチョウノさんが座る。

そしてチョウノさんの手にはゲーム機があった。

丁度良い、と笑った俺は誘う。


「練習相手、なってくんね?」


「えっ、あの、わ、私多分下手ですけれどっ」


「いーよいーよ、遊び遊び」


「……じゃあ、少し、だけなら」


 おっけ、と俺は説明書を見える。

このゲームは対戦プレイが主のいわゆる格闘ゲームってやつで、キャラクターを選んでとりあえずボタン押せば戦える。

学生服を着た魔法使いがキャラクターで、箒を武器に魔法で戦うのだけれど、魔法というよりほぼ肉弾戦の戦い方なのだ。

そして女子が気に入っているキャラクターというのが、お菓子魔法を使うやつで──。


「──あっは! このキャラ、パイ投げとかすんの? 波動のアレかよー!」


 まぁ、アレ、って事でそれ以上は言わんとこ。


「じゃあ、同じキャラで……」


「ほい、よろしくー」


「よ、よろしくお願いしみゃっ──しま! す!」


 おー初々しくて可愛いじゃねぇの。


「……どうよ、あっち」


 ゲームの指はそのままにノムラに話しかけた。

少しは聞こえていたけれど、打ち合わせとやらは上手くいっているのか。


「クラキさんのやる気スイッチ、やっと入ったみたい」


 あっちから、わいわい、と声が多く聞こえている。


「いー事じゃん?」


「ね、楽しいわー」


「あ? ノムラは企画参加してねぇんだろ? 見学っつってたべ」


「見てるだけでも十分楽しいよ。タチバナちゃんもいつも一人プレイみたいなもんだし──っと、チョウノちゃんもいたね、ごめごめ」


「い、いいえええ、ご、ごめんなさいっ。やりながらお喋りできませんーっ」


「おけおけ、頑張れー。で、まぁさ、嬉しい、って感じ」


 嬉しい──わからなくも、ない。


「こうやって一所懸命なとこ、すごく好きなんだよね──アタシも頑張りたくなる」


 ……うん、わかる。

羨ましくなる。

俺も何か出来ねぇかな、とか思う。


「……俺に出来る事、あっかな?」


「あるさ。まずはクラキさんの機嫌を損ねないようにする事ー」


 お、おう。

気をつけまする。


「あとは、綺麗って言ってあげる事ー」


 それは……ぬぅん。


「……クラキさんってさ、あんま人と関わろうとしなかったじゃん?」


 そう言ったノムラと一瞬、目が合った。

女子は孤立を好んでいるわけではないけれど、一人になりたがる節がなくもない。

俺だけではなくノムラも気づいていたようだ。


「踏み込むつもりはないけどさ、こうやって色んな事に挑戦してさ……変わったよね。それってクサカのおかげなんじゃん、って思うよ」


 俺はそんな大層な事はしていない。

やった事といえば、話をして、お菓子食って──


「そんで今度は綺麗になろうとしてる。これはアンタのせいかもね」


「へ? どういう──」


「──まったく、これだから男ってのはよー」


「わっかんねぇもんはわっかんねぇもん」


 そう言った時、ノムラが水色のグミを口に押し込んできた。

ぐにん、と噛むと、ソーダ味か。


「つまり、頑張りも綺麗も一番に誰に見せたいか、って事さ。ね、チョウノちゃんっ」


「うぇ!? な、何ですかぁっ!?」


 ぐにぐに、とグミを食べながら笑ってしまった。

チョウノさんは一つの事をやると他の音が聞こえなくなるようだ。

するとノムラがこんな事を言い出した。


「タチバナちゃんってかっこいいよねーって話ー」


 おーぅ、後輩いじりっ。

って、凸凹でこぼこカップルなんかいっ。


「あ、はいっ、かっこいいですっ……えっ、わっ、ノノちゃん先輩何言わせるんですかぁっ! ──あれ、勝っちゃった……」


 ぐぬぅ……お菓子魔法のゼリーで閉じ込められて動けないとこに巨大林檎飴でぶっ叩かれて負けた……っ。


「あっはっは! はいはい勝利のご褒美ー」


 ノムラはチョウノさんの口にも黄緑色のグミを押し込んで、自分も食べていた。

黒茶色の、多分コーラ味。


「クサカもかっこつけてないで素直に言っちゃえばいーんだよ」


 そう言ってまた一つ、ぐにん、とピンク色のグミを食べるのだった。

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