第140話 キャロットハルワ(後編)

 俺の部屋にクラキがいるとか、不思議です。


 何とか片付けた部屋は及第点で、恐る恐る俺は女子を部屋に入れた。


「お邪魔します……」


「ん。て、適当にそこ、座って」


 真ん中にある簡易テーブルはさっき出して、開けた窓から殴り叩きまくったクッションも置いてある。

そこに座った女子は俺をじっ、と見上げた。


 あ、うん、俺が立ってちゃあれですよね。


 俺はベッドに腰掛けた。


「いい部屋」


 机とベッド、カーペットはちょっと前に出したやつ。

机の横の壁には一面、棚になっていて、その真ん中にはテレビがある。

主にゲーム用として活用、本や小物やゲームをあちこちに置いている。


「それに片付いてる」


 そーれは数分間頑張って隠したっていうかー。


 すると女子は俺の方に体ごと向いた。


「足、大丈夫? ノムラさんから電話で聞いて、びっくりした」


「あー、うん。こんくらいで済んでよかった」


 コセガワとノムラのおかげだ。

もし一人だったらこんな怪我じゃすまない。


「……良くないわよ」


「え?」


 女子は四つん這いで俺に近づいてきて、俺の足元に正座した。

そして大げさに包帯が巻かれている捻った右足の甲に触れた。


「……痛い?」


「そ、そんなには、まぁたまに」


 体重を掛けてしまったりなどそういう時に、ふんぬっ、と数秒我慢するくらいの痛みだ。

それよりも今は、熱い。

がちがちに包帯が巻かれているけれど、その位置で上目遣いはある意味、やばいやつ。


「気を付けてね?」


「う、うん。わかった──」


「──あと、ごめんね」


「へ?」


 何故か謝る女子の口が尖っている。

俺は前屈みになって理由を聞いた。

女子の目が言いにくそうにきょろきょろ動いている。


「その……子供みたいな我儘しちゃったのと、無視しちゃった、から」


 ああ。


「なんだ、そんな事」


「そっ、そんな事なんて言わないでっ。クサカ君、昨日は散々な一日だったみたいだし、その半分は私のせいかもって思って、色々反省したの」


 女子の頬が赤くなっている。

俺は、楽しくなっている。


「……何その顔。いっぱい心配したのに」


「いっぱいしてくれたんだ?」


「なっ、何よ。もう……」


 多分これが女子のメインイベント、サプライズ。

俺の方が謝るべきなのに、色々考えてくれたってだけで俺は顔が戻らなくて困っている。

そのくらい、嬉しい。


「ごめんな。足はほんとに平気だし、軽いやつだよ。無視は俺の自業自得な罰みたいなもん」


 そう言いながら俺は、するり、と女子の頭を撫でた。

髪の毛さらさら、それともう一つ気づいた。

女子は色付きのリップ? みたいなのをつけていた。

薄めのピンク色は自然で、控えめに艶めいている。


「──モデル、いいじゃん」


「……ほんとに思ってる?」


 まだ口を尖らせる女子は訝し気な顔をしている。

それすらも俺は──。


「──楽しいの好きだろ? 俺もお前が楽しいのがいい」


 な? と言うと女子はやっとで微笑んだ。


「……えへ。じゃあ、頑張る」


 そして俺が手を離そうとした時、どうしてか掴まれて戻された。

何だ? と思ったら、えいえい、と撫でろと要求するみたいに頭を押し付けてくるではないか。


 ……俺の彼女、めちゃくちゃ可愛いと思いませんかーーーーっ!!


 と、意識が数秒どっか行った時、驚いた。

いつの間にかヨリがお茶とお皿に盛られたオレンジ色の何かを持って立っていたからだ。


「ノーノック失礼。あ、お構いなくだ。どぞどぞ続けなすってぇ」


「ありがとう、ヨリちゃん。綺麗に盛り付けてくれたのね」


 え、平然対応っすか。


「いえいえ、あたしもちょっと貰います! ご馳走様でーす」


 てきぱき、そそくさ、とヨリは部屋から出て行く──前に、俺に、にまぁ、とした笑みを見せてからドアを閉めた。


 くぅっ……絶対後で何か言われる絶対後で何か言われるぅっ。


「可愛い妹さんね。似てる」


 俺から離れた女子は簡易テーブルの方に移動して、お見舞い品、とそのオレンジ色の皿を俺に見せた。

わざわざ作ってきてくれたとか。

そして俺の足を見てから皿やグラスが倒れないようにベッドの方にテーブルを引いてくれて、女子は俺の左側の足元に、ベッドに背もたれるように座り直した。


「はいどうぞ」


「さんきゅ。いただきまー」


「いただきます」


 ほわん、と温かくて、ニンジンっていうより何の香りだ? ゆる甘なところにレーズンとかアーモンドの食感が、ぐに、かり。


「どう?」


「ん……優しい感じ?」


「んふ、まるで私みたいでしょ?」


 女子は昨日と打って変わってご機嫌だ。


「はいはい」


「素っ気ないわね」


「うーるせっ──って、おいクラキ」


 女子に掛けていた眼鏡を取られてしまった。

二年くらい愛用している黒ぶちの眼鏡は家で掛けてばっかで、学校ではコンタクトレンズばっか。


「頭がくらくらするほどじゃないのね」


 眼鏡を掛けた女子はまだご機嫌で、眼鏡姿もなかなか似合っていて──。


「──第二回、何でも言う事聞くゲーム大会を開催しまーす。そして練習期間も設けまーす」


 と、突然、くいっ、と指で眼鏡を上げながら言った。

第一回はおそらく、夏休み前のトランプ。

というか、練習期間とは。


「……はいぃ?」

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