第139話 キャロットハルワ(前編)
初めて、来ました。
私はとあるお宅のインターホンを鳴らす。
ここは住宅街で、三角屋根の黒い家で、玄関は木製で銀色のドアハンドルが、ぐにょんとお洒落に曲がっている。
前髪をちょいちょい、と整えて私は待った。
家から、とたとた、という足音と、はーい、という声が聞こえてきてドアが開いたのはすぐ。
「──はーい……どちら様ですか?」
女の子が出てきた。
きゅっ、とポニーテールを結んでいて身長は同じくらい、そして前髪がクサカ君と同じ真ん中分け──妹さんかしら?
「こんにちは。突然すみません。私、クラキと申します。クサ──リョウ君とは同じクラスで──」
私は軽く自己紹介をして、こう言った。
「──お見舞いに来ました。彼、いますか?」
妹さんは何故か口を開けたまま二度、頷いた。
そしてお
それも結構な大声で。
「マジですか!! オニィの彼女ですか!?」
鬼? ああ、お兄さんの、オニィか。
「は、はい。先日から、お付き合いをさせていただいています」
緊張するのは、多分妹さんの好奇心旺盛な勢いと大きな目のせい。
「わー……めっちゃキレーな人じゃん! オニィやるぅ! あ、あたし
ほ、褒められて? 改めて自己紹介されて、どうぞ、とお
「お、お邪魔します……」
やっぱり緊張する。
私の家とは違う、クサカ家の家族の匂いがした。
「あ、あの、少しなんですけれどお菓子を作ってきたんです。よかったら妹さん──」
「──ヨリでいいですよー」
妹さん改め、ヨリちゃんに紙袋を渡した。
中にはタッパーがある。
「ヨリちゃんも、どうぞ」
「いただきます! おー、オレンジ色? 何かわかんない!」」
タッパーに入れてきたのはガジャハルワ──キャロットハルワって言った方がわかりやすいかも。
家にあまり材料もなかったしお小遣いもかつかつだったので、急遽こしらえたのだけれど、私が好きなお菓子だ。
オレンジ色はすりおろしたニンジンの色、それと散らばるレーズンとアーモンド。
温めて食べるのがオススメ。
それにお見舞いだし、優しいお菓子を用意したかったのだ。
「いただきまっす! オニィの部屋は二階上がったらすぐ右なんで。温めたら持っていきますねー」
「え? あの……」
そう言ってる間にヨリちゃんはキッチンへと行ってしまったようで、私はすぐに見える階段へと向かった。
……ここまで来ちゃってなんだけれど、何も言わないで来ちゃった。
驚くかなぁ……。
二階に上がって右の部屋、ここが男子の部屋。
子供の頃から変わっていないのか、ドアには青いスペードのドアプレートが掛けられている。
隣には赤いハートのドアプレート、こっちはヨリちゃんの部屋のようだ。
私は控えめにノックをした。
二回、こんこんっ、緊張、ばくばく。
男子の声がしたのは、少し後からで──。
「──なぁんだよヨリ。ノックなんかしねぇの、に………………」
頭を掻きながら出てきた男子が私に気づいて、止まった。
私も止まってしまって、目を上から下へ、そして上へと戻した。
ぼさぼさの髪、黒縁の眼鏡、薄いパーカーにスウェットのズボン。
そして驚いた、顔。
「──なっ! えっ!?」
結構な大声だ。
「こ、こんにちは。何も言わずにライーンもせずにごめんなさい。お見舞いに、来たの」
「だ、誰に聞い──」
「──ノムラさんに聞いたの。あの……突然、お邪魔だったかしら」
「い、いや、そんな事ねぇけれど……ちょ、ちょっと待って! 色々、あれ! うん、待ってて!」
と、男子は勢いよくドアを閉めて部屋に戻ってしまった。
……クサカ君って、眼鏡掛けてるのね……。
※
──いやいやいやいや、落ち着け俺! とりあえず着替え……うぉああああ部屋汚ぇ! つーか俺、こんな格好であいつの前に……うぉああああっ!
ばたばた、としたいところだけれど捻った右足がそうもさせてくれなくて、とりあえずパンツ一枚になった俺はまだマシな服に袖を通していく。
窓を開けて換気して、今ので更に散らかった服はクローゼットに押し込んで、漫画本は積み上げて端に寄せとく。
あと健全じゃない漫画本はベッドの下──は、駄目だ! こいつもクローゼットに投げて、閉まれクローゼット、クローズしろ!
俺は大慌てで色々片付けた。
っていうか連絡くらいしてくれりゃいいのに──サプライズ? 的な?
そう思った俺だったけれどすぐに、はっ、と我に返って、全て貼り付けコロコロをごーろごろしまくって、片付け最終兵器ファブをしゅっしゅしまくったのだった。
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