第115話 レモンソルトクッキー(前編)
はーいノムラでーす。
珍しく放課後の教室に残って部活の色んな作業をしていたら、へーんな組み合わせ、が出来たんだけれどー。
「──あ゛ーっ、風気持ちーっ」
アタシの髪が、ぶわっ、と風に泳いだ。
「ほんと」
廊下側の一番後ろから二番目の椅子に横座りしているアタシは、窓から廊下に頭を後ろ倒しに出してまた、あ゛ーっ、と呻いてみる。
一番後ろの席には同じクラスのクラキさん。
ずーっと小説を読んでいて、どっかの本屋の広告しおりの角で顎をつんつん、と当てている。
それと──。
「来年からあたしもこの教室なんすよー。やー、校内探索してみるもんですねー」
──一年生の女の子、タナカムギさん。
もうムギッちゃんって呼んでる。
スイーツ部で作ったお菓子を片手に散歩食べしてたとかで、初めましてを数分前に済ませたばかり。
ムギッちゃんはクラキさんの隣の席に横座りしている。
「あ、どぞどぞ。いっぱい作ったんで食べちゃってくだせー」
……アタシを前にしてこの緩さ、珍しいタイプだ。
とかって分析しちゃうのはアタシのクセ。
だってアタシ、人見知りなんで。
ま、
同時に戦闘力みたいなのも上げてしまう、アタシの悪いクセ。
「じゃあ遠慮なく。あ、そだ、飲みもんあるんだった。温い烏龍茶だけどいる? ちょうど三本いえあ」
昼休みに部活の顧問、オオカミ先生からの貰いもん。
「じゃあ遠慮なく」
クラキさんが、ぱたん、と本を閉じて机をとんとん、と指三本で叩いた。
どうやらムギッちゃんにこっちに寄ってここにお菓子を置いて、という合図のようだ。
「何クッキー作ったの?」
「レモンソルトクッキーでっす。お茶いただきますー」
「はーい、クッキーいただきまー」
「クッキーとお茶、いただきます」
クラキさん役得。
まぁクラキさんがいなかったらクッキーいただけなかったのだけれど。
だってアタシとムギッちゃんに接点はない。
「──あ、うっま」
「うん。いいわね、お塩とレモン。バターの香りも美味しい」
ざっくざっく、ややさっぱり。
甘いのもいいけどこういう方がアタシは好みかもしれない。
「まっさか有名なノムラ先輩とクラキ先輩が同クラとは思いませんでしたー。超ラッキーです」
「あっは、アタシって一年の間で有名なの?」
「三年から一年まで有名よ。むしろ有名じゃないなんて言わせない」
二人して、派手だとか豪快だとか次々好き勝手言ってきた。
自分ではそうは思わないんだけれど、否定はしない。
だってアタシは好きな事を全力でやってる──やりたいから、やってるだけ。
それが派手だ、豪快だとか思うんだったら思っとけ。
好き勝手も、いろいろぶつかってクリアしてってんだよ。
「で、二人はどういう関係?」
「書道部の後輩の彼女さんで、から顔見知りになったのよ」
「でっす!」
そう二人は言った。
パックの烏龍茶にストローを挿してひとちゅるる。
「つまり二人とも彼氏ありかー」
アタシだけなし。
って言っても、別にありなしでどうこう変わるわけじゃあないですけれど。
話の内容? が変わるくらいか。
「って、クラキさん達いつ付き合い始めたんだっけ?」
そう聞いたらクラキさんは首を傾げながら、ざくん、とクッキーを食べた。
「……付き合いスタート、というのは今のところないわ」
「はぁ?」
「はぁ?」
ムギッちゃんと声が被った。
あとクラキさん達を知る五人くらいがいても被ると思う。
「さっき言ってたじゃん、二人で出かけたーって」
「うん、お買い物したの。おやつ食べて、お散歩したわ」
「うん? ちょっと待ってくださいよ。クサカ先輩、
後半の小声がばっちり聞こえて、言うじゃんやるじゃんこの子、とにやけてしまった。
「んー……好きな人同士、よ。一応」
「一応」
「一応」
また声が被った。
「……二人して声揃えないで。その……そういう、関係にはなったと思うのだけれど。す、好き、みたいな、そういうのは言ってくれたわけだし」
ひゃっは! にやっ、としますな! ムギッちゃんも、にやっ、としてますな!
「つまりその……付き合うって、何をしなきゃいけないの?」
お?
「しなきゃいけないって何?」
「言い方違ったかしら?」
多分、いや、よくわかんない。
だって付き合うとか、それ以前に誰かをそのように好きになった事がないからアタシに判断が出来ない。
……そのように好きになってるって、凄い。
特別の、特別じゃん。
レモンソルトクッキーは見た目は甘いように見えるけれど、食べてみたらそうでもない。
ざくん、さくん、さくっ、色んな食感が良い。
「とにかく、初めてでわからない事だらけなの。どれがスタート、どれがそうなのか……だから──」
「──好きだけじゃ物足りなくって、好きの他がどうしたらいいかわかんない、って事ですか?」
……おー、物足りない、か。
しっくりきた。
特にクラキさんには有効的な言い方かも。
「これはムギッちゃんにご
アタシも未来のそのような時のためにご教示いただくとしますかね、とまた一枚、ざくっ、とクッキーを食べた。
うんまー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます