第116話 レモンソルトクッキー(後編)

 ご教示開始ー。


「んー、んー……これが正解ってわけじゃないんで、そこだけはわかってくださいね? 十人十色、あたしもあたしの理論みたいなもんがあるんで」


 ムギッちゃんはふわふわのツインテールの毛先に指を巻き付けながらそう言う。


「はい。ムギちゃん、よろしくお願いします」


「うおーう、そう畏まられるとあれなんで気楽にいきまっしょい。えとまずですね──


 頬杖をついていた手が、ずるっ、と顎から外れた。

展開が早いっていうか、もう話終了くさい。

けれどクラキさんの訝し気な顔は、これで終わりだなんて言わせないわよ、と言っている。

おー怖。


「……どのタイミングで始めたらいいの?」


「んー、もしかしてクラキ先輩って区切りを大事にする人ですか? 指差し確認じゃないですけど、これやった、次これ! はい次ー、みたいな」


 ふんふん、区切りか。


 ちゅるー、と烏龍茶を口に含む。


「その区切り? があった方がわかりやすいとは思うわ。そういう、法則みたいなものがあるんだろうなと予想はしていたわけだし。けれど私達の場合は、それが総崩れ、というか」


「総崩れって、もしかしてもう狂ってるんです? その順番みたいなの」


「えっと、そのー……」


 ごくん。


「へいへい声ちっさ!!」


「のっ、ノムラさんは声でっか」


「ごめんごめん。だって今、自分で言ったじゃん」


 するとクラキさんはストローを噛み出した。

わっかりやすくて誤魔化せてない。


「んー……んー……好きとか言う、前に──」


「──はい?」


「──はい?」


 またも小声なクラキさんにアタシとムギッちゃんは、ずいっ、と近づく。

ついでにクッキーも一枚取って、一口。


「……す、好きとかそういう前、に…………ちゅう、しちゃった、です。最初はあっちからで、えと……私から、も」


 アタシもムギッちゃんも咀嚼が止まって、目を合わせて、またクラキさんに、ずいっ、と近づいた。

ざくざくざくざく、ごくん。


「はい!?」


「はい!?」


「はい」


 いーやいやいや、それでよく付き合ってないとか言えたもんだわ! ってなくて言ってないけどさ!


「クラキ先輩、よーく聞いてくださいね? 付き合うって、よーいどんっ、な言葉で絶対始めなきゃってわけじゃないですからね?」


「わ、わかってます」


「わかってなーい!! すんません、もう止まんないから言いますけど、自分が言うんじゃなくって宣言されて、うんっ、って言いたいって事ですよね!? 合ってます!?」


 わーすっごい。

先輩に対してがっつがつ言ってらぁ。

まぁつまりこれって──。


「──クラキさんの欲張りのこじらせだね」


 付き合って、付き合おう、みたいな声をクラキさんは欲しがっているらしい。


 わからなくもないよ。

そういうの大事っちゃ大事かなー……多分。

察して、とか、空気読め、とか自己中な考えだしさ。

クラキさんは希望する、っていうか、所望する、みたいな感じっぽい。

アタシだったら──うん、好きの次に欲しい、かも。

喋れんなら、伝えたいんなら、くれよ、って思う。

なんつって、何かガラじゃないな、やめやめ。


「……その、ね」


 クラキさんは烏龍茶のパックを両手で挟んで少しだけ揺らす。


「……色々、欲しくなっちゃうの。けれどその、まだそれは貰ってないから、わかっているんだけれど、我儘だと思うんだけれど……好きだけでこんなに嬉しいのにって思ったら……困っちゃった」


 ……そっか。

クラキさんはアタシと違う。

好き勝手してるようで、自分が思うように動いているようで、どっかで止めてる──抑えてる、みたい。

それはきっと、怖い、とかもあると思う。

そして、アタシにはまだないものを感じている。

今のクラキさんの顔みたいに、赤くなってしまうような、そんな気持ち。


「──うううん、クラキ先輩からっちゃうのは駄目なんですか? 今よりすっきりすると思うんですけれど。拗らせすぎてもやもやーってしてるよりは良くないです?」


 ……ま、確かに。


「私が、言うの?」


「だっていつになるかわかんないですよ? ぶっちゃけどっちからでもいいと思うんですよね。だって好きな人同士ですし? ちなみにあたしとカトーは同時に言ったんで、どっちからも、でしたけどー」


 へー。


「とにかくあたしからは、はっきりしない事の方がもやついてる感じなんで、言っちゃえー、っていうのがアドバイスでっす!」


 ムギッちゃんの提案にアタシも賛成、かな。

クラキさんが考える、付き合う、の始まりが未だ来なくて、拗らせやきもきしてるんであれば、その始まりの始まりを伝えたらいいと思う。


 と、ムギッちゃんは風強すぎなんで少し窓閉めます、と教室の窓側へと席を立った。


「……ど? ムギッちゃん講師のご教示は」


 アタシは頬杖をついてクラキさんに聞いてみた。

クッキーを丸々一枚口に帆織り込んで、ごりっ、ざくっ、と食べていて、飲み込んで息をついて、こう言った。


「──うん。私、言っちゃいます」


 おー。


「じゃあ楽しみだねー」


「楽しみ?」


「クラキさんが欲しがってんだもん、クサカも欲しがってたんじゃないのかなって思ってさ」


「そうかなぁ……」


「ちゅーしてるくせに変なとこで弱気ーぃ」


「そ、それは、したけれどっ、言わないでっ」


 あっは! 照れてる、超可愛いかよー!


 と、その時、まだ閉めていない窓に手をかけていたムギッちゃんが振り向いてこう言った。


「──中庭にいるのって、クラキ先輩と好き同士の人じゃないですか?」


 お、これってチャンスじゃない? とアタシはクラキさんの腕を軽く叩いて、にんまり、と笑いかけた。

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