第103話 バナナチップス(前編)
よろしく、の続き。
放課後の教室、廊下側の後ろから二番目の席で、俺は漫画本を読んでいた。
というより、見下ろしていた。
考え事をしていたために、まったく頭に入ってこなくてまだ一ページも捲っていない。
うーん…………よろしく、って言ったじゃん? そんで俺、答えたじゃん? それじゃねぇの? って、それじゃないからクラキはああ言ったんだろうけれどさぁ……。
──始まってればの話だけれど。
「……始まったんじゃないんかーい──」
そう呟きながら後ろの席、今は左隣にある女子の机をこん、と小さくノックしてみた。
「──何か言った?」
瞬間、驚いた。
部室に用があると教室を出ていた女子がタイミングよく戻ってきたからだ。
開けっ放しの扉が何も鳴らなかったのでそりゃあもう、口から心臓が出るくらいに驚いた。
とりあえず心臓を飲み込んで誤魔化す。
「ま、漫画の台詞、言ってみただけ」
「そう。ただいま」
「おかえり。で、部活ってあれ?」
「どれ?」
「結果発表的な」
ものくろ屋の文字の依頼の、あれ。
「それがまだなんですって」
「今日だって言ってたからてっきり」
「そうなんだけれど、決めかねているらしいの」
女子はバッグから今日のお菓子の袋を取り出し、ため息を一つつく。
「待ち遠しいわ」
「ふっ、この前終わってほっとしてたのに早いな」
「待つのも楽しいけれど、早く知りたいじゃない──色々」
色々、と女子は言った。
上目がちに、俺を見ながら。
俺はそれを横目がちに、女子を見る。
…………催促ですかぁ?
「──なんてね。いつかなぁ、まだかなぁ」
……遊ばれてますね、俺。
窓の外に見える灰色の線と、降る音を数秒聞く。
今週に入ってずっと雨が降っている。
「……さぁ、どうでしょう、ね?」
遊ばれた悔しさから、それとほんのちょっぴりの虚勢を混ぜて返した俺は、今日の飲み物を女子の机に置く。
「あ、いい組み合わせかも」
ばりぃ! と大きな音を立ててお菓子の袋を女子は開ける。
ちょっと勢いがありすぎたのでは? と思いながらもウェットティッシュを準備する。
もういつ使ってもいいように俺の机の中に常備している。
しかしおそらく今日は箸を使うだろう、と女子に貰った携帯用の箸も机から出した。
「ではでは、いただきます」
「いただきまー」
バナナチップスと、飲むタイプのヨーグルトが今日のおやつだ。
縦長で薄切りのバナナチップスを箸で取る。
「輪切りじゃねーんだな」
ぱきんっ、と薄く割れ──折れた音がして、口の中がすぐにバナナった。
味が強いというよりも香りが強い感じだ。
「薄いのいいなー」
よい厚み、薄み? で軽く食べれてしまう。
「そうね。厚いのは噛み応えがあって良くて、うん、それぞれ良い違いだわ」
それぞれ違う良い、か。
女子も俺と同じように横向きに座り直して本を開いた。
足を組んだその上でページが捲られるのを目の端っこに見て、俺はまた考える。
ぬぅん……何て言ったらいいんだか……。
……俺と付き合ってください?
…………いやいやいやいや、いやいやいやいや! いやー、違うだろー。
そういうんじゃないんだと思うー。
違くはないんだけれど、クラキ攻略法としてこれは違うだろー、多分ー。
ヨーグルトをずぬぬ、と飲んでリセットする。
その、ちゅー、とかしたけど! ずるとかしたのは俺の方だったけれど、クラキも……その、色々、頑張ってくれたけれど!
クラキとお菓子食いながら喋ってた事、思い出すと──。
「──ふふっ」
「ん? ……あ、俺?」
女子を見るとストローを咥えたまま微笑んでいた。
「百面相なんだもの」
「かっ、考え事してて──」
「──楽しい事?」
微笑みには、にやり、としたものも含んでいた。
「……そうだよ、楽しくすっために考えてんのー」
わかってて言ってんなら、その通りに答えてやる。
けれど、応えられるかはまだ考え中というか探し中というか、ごにょごにょ。
ぱきぱきっ、とまた一枚、バナナチップスを食べて、ヨーグルトも飲む。
朝飯みたいな組み合わせっぽくもあるなと思った。
頭を左右に動かして揺れながらまた考える。
どう切り込んだらいいのやら。
っていうか、何で俺ばっかり? 別に俺からじゃなくてもよくね?
そう思って止まった時、女子がこう言った。
「楽しいの、わけっこしてね」
バナナチップスを口に咥えていて、ずるくて──一足先に楽しそう。
……もうちょっと待ってろ、こんにゃろ。
と、俺はまたその方法を考えながら、ぱきんっ、とバナナチップスを食べたのだった。
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