第100話 シナモンロール(後編)

 学校から一番近い商店街のパン屋で買ったシナモンロールは、とろり、と固まった白い砂糖がたっぷりかけられていて、その名前の通り、シナモンの匂いがして、ぐるぐる、している。


「缶珈琲、ぬるくなっちゃったな。ほい、それとウェットティッシュ」


 俺は机の上に昼ごパンらを並べる。


「……至れり尽くせりね」


 女子は手を拭きながら訝し気な顔だ。

もしかして気づかれたか、償い的な、そういう感じの尽くしを。


「んふ、嬉しいなぁ、こういうの」


「そ、そ?」


「ええ、悪くない」


 やっぱ俺のそういうずるいところ、撤回。

今のクラキの顔、マジで喜んでるから。

結果オーライだけれど──。


「──まるでご褒美」


 駄目押しの笑みが、痛い。


 あー……俺、ほんと馬鹿だなぁ。


 そう反省していると、女子の顔が変わった。


「残念ね、やられっぱなしは性に合わないの」


 どうやら女子にはお見通しだったようで。

上手く巻かれて、上塗りされてしまった。


「嬉しいのは本当よ。いただきます」


 そして、一枚上手いちまいうわて


「……いただきまー」


 シナモンロールを袋から出して半分に割る。

レーズンがちらほら入っていて、俺は食べた。


 上にかかっている砂糖が、じゃらっ、と甘いんだけれど食べると丁度良い不思議。

そして指についたのも舐めて、珈琲を一口。

たまらん組み合わせだ。


「んー、久しぶりに食べるわ」


 唇についた砂糖をぺろり、と舐めながら女子は言う。

珈琲も飲んで、ふぅ、と一息。


「クサカ君も部活だったの?」


「あ、うん」



 ちょっとむせた。

そういうのは言わぬが花というか、部活は本当だけれど割合的にはこっちは多いような──。


「──それも、ある」


 反撃、のような。


「んふふふー、楽し」


 ……降参。

こういうのは性に合わない。

というか、まだ早い、ような。


「部活、何かあるの?」


「あー、宿


「どこかに行くの?」


 女子は指を舐めつつ聞く。


「いや、学校でだよ」


 俺が日にちを言うと、女子は少し驚いた顔を見せた。


「私達の強化合宿と被ってる」


「マジか」


「マジよ」


「つか書道部で強化合宿とか……書きまくるんか」


「ええ、一日中ずーっと書くの。それと書家の先生を招いて指導してもらうのよ」


 本格的な合宿で俺ら天文部とは大違いだった。

俺らもきちんとした機材で観測はするけれど、専門の人を呼んでなどはない。


「今回、依頼の話が来たじゃない? それで一年生達が、自分達も頑張りたい、って企画してきたの。コンクールも自由参加だったのだけれど、今年は全員参加の勢いよ」


 触発されたってやつか、と俺は大きめにシナモンロールを頬張る。


 確かにこれって凄ぇ事だし、そうそう舞い込む話でもない。

女子だけじゃなくて一年のカトウも選ばれたわけだし。


 いやはや、皆頑張ってんなぁ──俺は、何、してぇんだろうな……。


「どうかした?」


 と、無意識に止まっていた俺は咀嚼を再開する。

レーズンの甘酸っぱいのが奥歯で弾けた。

ごくん。


「いや。変わってくな、と思って」


「……そうね。けれど良い方向にだわ。だって私、合宿初めてだもの」


「去年は?」


 なかった、と女子は言う。

人数が少なかったのもあるし、今年ほど精力的に活動もしていなかったらしい。


「学校に泊まるのってわくわくする」


「ははっ、ガキみてぇ」


「クサカ君は何度もあるんでしょう?」


 天文部は春夏秋冬、季節ごとに一回ずつ合宿を行う。

一年の時から数えて今までで六回、今回で七回目。

部長としては、初めての合宿だ。


「もう、半分もないんだな」


「そういうの嫌」


「え?」


を考えるの」


 女子は缶珈琲の飲み口を指でなぞる。


「まだ始まってもないのに、寂しいわ。例えば──」


 ──、と女子は呟いた。

それは俺も嫌で、考えたくない事で、そしてこう続けた。


「……


 ………………ん!?


 俺はまだ女子に、付き合ってだとか、そういうのを言ってなかったのに気づいた。


 女子は、にっこり、と微笑ながら最後のシナモンロールを食べる。

それを見て俺は、微笑みを返すだけで精一杯だった。


 、とまた女子との、駆け引きが始まった。

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