第96話 フラッペ&カプチーノ(後編)
俺は動けなかった。
カップを持った手が冷たくなっているのに、それも離せない。
話の途中なのに……違う、そうじゃない。
俺、間違えた。
クラキの事、何も考えてなくて、何も──。
──と、その時、俺が背にしていた窓が勢いよく、ばぁん! と開かれた。
驚いて振り向くと、カトウとカトウの彼女さんがいた。
「──何で追いかけないんですか!!」
「なっ……話、聞いて──」
「──ムギ、静かに。すいません先輩、ちわっす。聞いてましたけれど今回は
カトウはこの部室に用があって来たのだけれど、俺が入るのを見たらしく待機していたらしい。
そしてやっぱり気になって廊下で聞き耳を立てていたとか。
それよりもカトウの彼女──タナカ、ムギさんだっけ? は、興奮していて凄い顔になっている。
「ムギ、ムギ。クラキ先輩どっち行ったか確認してきて。荷物置きっぱなしだし、あと顔拭いてきな。はい、ハンカチ」
ムギさんは泣きそうになっていた。
「……わかった。すぐに戻るね」
うん、とカトウが言うとムギさんは、ぱたぱた、と廊下を走っていった。
それは女子が行ったと思われる方向で、階段を降りていく足音も聞こえた。
「……先輩、今の何すか?」
部室に入ればいいのに、カトウは窓の縁に肘をかけて聞いてきた。
俺はそんなカトウから顔を逸らして、散らかっている部室を見て、後ろで答える。
「……何て言っても、言い訳しても、後の祭り」
思わなかったんだ。
泣くなんて、少しも。
俺は勝手に、全部わかってくれるとか、思い込んでいた。
あわよくば、言わなければ知られない、とか、バレない、とか、俺は悪くない、とか。
全部、俺の都合。
「どーーしよーーもない馬鹿っすね、あんた」
「……やっぱ、馬鹿したよな。俺」
「女の子泣かすとか有り得ねぇっす」
ついでにムギも泣かせたんでぶん殴りたい衝動抑えてます、やんないけど、と付け足された。
「追いかけないのも有り得ぇっす」
「お、追いかけたところで何言ったら──」
「──俺は先輩とあんたは好き合ってんだと思ってました」
「すっ!? ──は!?」
俺はカトウに振り返った。
カトウは俺を見下ろしていて、切れ長の目には軽蔑と、怒りがあった。
「俺がクラキ先輩をどうにかって頼んだ事なんであんま言いたかねぇですけど、最悪です。この感じだとバレなきゃいいとか思ってたんでしょ?」
俺は目を逸らした。
「あんたがしたのはこういう事なんすよ。事後報告とか、あんたはクラキ先輩に何言ってほしかったんすか?」
女子は、私は何なの、と言っていた。
同じ質問を俺は懸命に考える。
「……許してほしかったんだと、思う」
「勝手っすね。
そうだ、俺の勝手で俺の都合で、結果も良い妄想だけ考えていた。
現実は目も当てられない、ただの馬鹿だ。
「……ごめん」
「俺に言われても困るんすよね」
俺はもう一度、ごめん、と言った。
女子は俺に、関係ないって、言っていた。
「あー……どうしよ──」
「──いいから行けよ!! あんたがやった事だろうが!! あぁ!?」
カトウが怒鳴った。
それはもう、この二階全室に聞こえるんじゃないかってくらいの大声でだ。
近くで言われた俺は、毛が逆立つくらい、びびった。
「俺は女を泣かす奴が大っ嫌いだ!! うじうじしやがって──」
「──はーい、カトー。ストップストップ」
呆気に取られていたらムギさんが戻ってきて、カトウの口を手で塞いだ。
まだ言い足りないカトウは、もがもが、言っているけれど聞き取れない。
「すいません先輩、部外者が色々と。でも色々知っちゃったんで。あと、旧校舎に向かってください」
「旧校舎って、あの階段上がったとこの?」
「はい。そこに行くって言ってました」
旧校舎は学校のグラウンドの向こうにある林、というか、小さな森と言っていいくらい生い茂っている場所にある昔の木造の校舎だ。
そして丘のようなところにあるため長い長い階段がある。
今、その旧校舎は生物部が部室として使っているらしい。
「言ってたって、聞いたの?」
「はい。だからさっさと行きやがれです」
こっちも口悪……いや、俺がそうさせてる。
けれど行って、何を言ったら……いや、うん、わかった。
わかってないけれど、このままじゃ駄目な事は、わかった。
「……ごめんな」
やっと椅子から立ち上がった俺は窓から二人の肩を叩こうとしたのだけれど、すぐに、ぱしんっ、と手を振り払われてしまった。
どうやら俺はまた、間違ったらしい。
「……ありがとな」
すると二人は、叫んだ。
まずはカトウから。
「──いいからさっさと行けって!! あんたが何とかしねぇと俺がつまんねぇんだよ!!」
そしてムギさん。
「──カトーがつまんないとあたしもつまんないんで!! つーか今回カトー超かっこいいんだけど!! 見習ったらどうですか!!」
「は!? ムギ何言って──」
「──先輩!! 次は間違えないでくださいね!!」
もう誰も、哀しくさせないで。
ムギさんが言っているのは、そういう事。
「……うん。行ってきます」
溶けてしまったフラッペ&カプチーノを少しだけ飲んだ俺は、随分遅く、走り出した。
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