第93話 クレープ(前編)

 クサカ先輩達二人は文化会館に行った後、すぐに出てきた。

俺とムギは会館には用がないので外で待っていたわけなんだけれど、クサカ先輩が見えた途端、ムギが俺の背中を小突いて、小突いた。

ひらすらに小突いては押してきて──。


「──ちょちょちょちょっ、ちょっとまだ、うん、嫌だっ」


「いつ言うんじゃー、いつ聞くんじゃー」


 ムギは少し疲れたのか、俺の腕を組んで寄り掛かってきた。

やわっこいのが、やわん、と腕に当たってとても良いので、俺は何も言わないでおく。


「何々、今度はどこに行くのー」


 今度はモミジとかいう女が指を差した方へと歩いていく。

まだ部活の用とやらがあるというのか、けれどこっちには少々大きな公園くらいしかなかったはずだ。

それと確かクラスの奴が美味いって言ってたのがあるくらいか──。


 ※


「──やべ、二百円しかねーや」


「あたし三百円。勝った」


 何の勝負か、とりあえず目の前にあるクレープの値段に俺達の所持金は負けている。

二人合わせての五百円で一番安いやつが買えそう。


「ん。好きなの選んでいーよ」


「半分こ?」


「こ」


「じゃあチョコバナナ生クリームー」


 他にも色んな組み合わせのクレープがあるけれど、俺は定番っぽいこの組み合わせが一番好きだ。


 と、クレープはまだかと待っている時だった。


「──ムギちゃん? と、カトウ君?」


 後ろにモミジとかいう女がいたのだ。

いつのまに近づいてきたのか、っていうか戻ってきたのか、手には苺と生クリームのクレープ。

そしてその隣には、クサカ先輩がいた。


「……カトウ、だっけ。書道部の。ちっす」


 ばーーれーーたーー。


「ち、ちわっす。奇遇、っすね。こんな、とこ、で」


 俺の不審な挙動にクサカ先輩は訝し気な顔に変化した。

そして俺の顔もぎこちなくひきつっているだろうと思われる。

というか、ばれたって何だ、と自分につっこむ。

これはチャンス、と気づいたのは今──なのだけれど。


「やっほー、モミジちゃん。苺も美味しそー! あ、ども。モミジちゃんと同じクラスで、カトーの彼女やってるタナカムギっていいます」


 何の動揺もなく、いつも通りにムギは対応、自己紹介をした。

クラキ先輩は俺の彼女って事に驚いているようだ。

俺と正反対とすぐに思ったからだと思う。


「──それでモミジちゃんと先輩さんは彼氏彼女ですかー?」


 展開が早い!!

それにいつの間に会計を済ませてクレープを受け取った!?

ムギ、お前、色々早い!!


「ちょ、ムギ──」


「──気になるから聞いただけだよ」


 横目が、きっ、と俺を見ていた。

ぐずぐずすんな、と言っているようで、だから俺は、腹をくくった。

クサカ先輩とモミジとかいう女は気まずそうにお互いを窺っていて、そして、目を合わせていなかった。

何か、ひっかかった。


「……すいません。けてました」


「は、はぁ?」


「あの……別に二人がどうこうってわけじゃねぇっす。実は──」


 俺は、俺がやらかした、間違った、言わなくてよかった事を話した。

俺とクラキ先輩の事情を話した。

いや違う、俺がつまんないって事を、話した。


 クサカ先輩は真面目に聞いてくれていた。

そして、こう反応した。


「……そっか」


 むかついた。

先輩の顔をしていたから、むかついた。

それからモミジとかいう女にこう言った。


「──ごめん。最初から引き受けるべきじゃなかった」


 何の話か? と、ムギが俺の腕を引いた。


「カトー、こっち」


 その場にいる先輩達を置いて、ムギは俺を引っ張って歩き出す。


「こっからあたし達はいらない」


 ん、とムギがクレープを食わせてきたので、一口食べた。

中身のまんま、チョコとバナナと生クリームの味がする。

二人を気にしながら公園を歩いた。

このワゴン販売のクレープ屋は有名なのか、それ目当ての人が結構いる。

俺達と同じ学校帰りの奴とか、それ以外の奴とか。


「……ムギは気にならねぇの? 結果、みたいなの」


「めちゃめちゃ気になるよー」


 だよな、ともう一口もらう。

バナナが結構でかい。


 ……クサカ先輩が言った、引き受けるとかって、何だ?


 ごくん。


「ねぇ、カトーってあたしのどこが好きなん?」


 何で今そんな質問をするのか。

けれど答える。


「おっぱいでっかいとこ」


「にっひっひ! 婆ちゃんお母さんありがとー、遺伝強すぎかっ!」


 うん……うん?


「何、これ」


 するとムギは俺の手を繋いできた。


「どっか一個でも好きなとこないと無理っしょ、って話ー」


 よくわからん、というと、モミジちゃんにはそれがなかったって事だよ、と返ってきた。

やっぱりよくわからんので首を傾げた。

そして逆質問、ムギは俺のどこが好きなのか聞いてみた。

ムギは俺と身長が同じところが好きらしい。

微妙なだった。

けれど、俺がムギを好きなので問題ないし別にいいや、と遠くの二人を見ながら俺達は残りのクレープを半分こ──ムギの方が一口多い半分こ、をしたのだった。

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