第94話 クレープ(後編)
私は、スズキモミジは、自分の状況を利用しました。
けれど、悪いとは思っていません。
私は私なりに、真剣でした。
真剣な、恋でした。
「……謝らないでください、クサカ先輩」
私は、自分の方が謝らなければならないと思いました。
「私こそ、ごめんなさい」
私は、自分の想いをも利用しました。
「……私、クサカ先輩が好きでした」
私は、過去の形で話します。
元気いっぱいのムギちゃんと、少し目付きの悪い彼氏のカトウ君はいつの間にか遠くにいて、私とクサカ先輩は近くのベンチに移動しました。
私が誘って、先輩もついてきました。
目の前には人気のワゴンのクレープ屋さんと、それに並ぶ人達が結構います。
苺と生クリームのクレープが食べたかったんです。
甘すぎなくて、美味しいです。
「──ごめん、しか言えなくて、ごめん」
謝らないでと言ったばかりなのにクサカ先輩はまた謝ります。
謝り通しで、むかつきます。
けれどそれはお門違いな感情だとも同時に気づきました。
私は先輩に告白します。
独白のような、告白をです。
クサカ先輩が食べているダブル生クリームのクレープのように、色を塗り重ねて出来た白色みたいな色を、伝えます。
「ごめんなさいは私の方なんです。五割くらい」
多分、半分こだと思います。
だって先輩には、好きな人がいますから。
「無理、させてましたか?」
私は聞きます。
「全然」
すぐにそう言ってくれたのは、正直嬉しいです。
「……さっきの話だと、悪い事をしたのは私の方かな、と思いました」
「いや──それは別の話」
「クサカ先輩の話ですか?」
「……それも、違うと思う」
クレープの皮はしっかりしているようでも薄くて、苺と生クリームをやんわり包んでいます。
「……俺、さ──」
先輩はやっとで話し出しました。
私は待っていました。
「──もうすぐいなくなるなら……少しの間だけでもって、俺しか出来ない事ならって、そうした。けどそれって、酷な事してたんだな、とか今更、思ってる」
そう、私は先輩を利用しました。
優しいから、そうするだろうなって、思っていました。
「まさか」
だから私はすぐに答えます。
少し笑いながら、ベンチの背もたれに背をつけて、夕暮れの空を見上げます。
「私、楽しかったです。部活の事ばかりでしたけど、部活は好きですし──好きな先輩といつもより一緒にいれた事が、嬉しかったです」
クサカ先輩と最初に出会ったのは、天文部に入った初日でした。
緊張していた私を緩めるように、色々話してくれて、優しく接してくれました。
いつの間にか、気にするようになっていたんです。
朝の登校の時に見かけたり、移動教室の時に見かけたり、そういう遠くでも
「……なら、いいの、かな?」
「はいっ。それと、この制服で誰かとデートみたいな事、してみたかったんです。念願叶いました」
何の変哲もない黒いセーラー服は、中学の時から憧れでした。
けれどもうすぐ、この好きだった制服は着れなくなります。
それともう一つ、私はこうも思っていました。
「あわよくば、私と本当に付き合ってくれるかな、とも考えてましたよ」
「へっ!?」
「そりゃあ私も意地みたいなのありますし、チャンスじゃないですか。先輩はほいほい私の提案を受けてくれたんですから」
私が転校するまで、恋人ごっこに付き合ってください。
「ちょろいかも、って思いました」
「……モミジちゃんって結構ずばずば言うのな」
わざと言ったのもわからない先輩も、私は好きです。
憎めないです。
もう、それでいいです。
もう、過去の事です。
「──クサカ先輩、好きな人いるんですね」
「……うん」
はっきり、聞こえました。
こんな先輩は知りませんでした。
私が想うように、先輩にもいるなんて、知りたくありませんでした。
けれど、見てしまいました。
私には見せない、見せてくれないものだと、気づかされました。
私には、きっと敵わない人だと、気づいてしまいました。
「こういう事はこれっきりにしてください。私が言うのも何ですが……結構、きついです」
「……ごめん。あっ──ごめん」
ごめんにごめんを重ねた先輩に、私の方がです、とまたクレープを食べます。
こんな時なのに、美味しいものは美味しいままです。
美味しくて、涙が出そうになりました。
けれど、ごくん、と一緒に飲み込みます。
「クサカ先輩の好きな人は、どういう人ですか?」
「あー……どう言ったらいいだろな」
「どんなでも」
先輩が好きな話を聞きたいと思いました。
この数日、私からの話ばかりだったからです。
今も、私は私の話でいっぱいいっぱいです。
私にはない好きだった先輩の話を、聞きたいんです。
「……甘えるのが下手な奴で」
私は甘えました。
「甘いもんが好きで」
それは私も同じです。
「──甘えられる相手、みたいな」
それは、私にないものでした。
「……胸やけしそうです」
「き、聞いといてそれはなくねぇか?」
先輩は赤い顔でクレープを頬張ります。
口の周りに生クリームをつけて子供みたいです。
ここ数日、私には見せなかった先輩がここにありました。
私じゃないから、見せる顔はとても──とても。
「……クレープ食べたら終わりにします。付き合ってくれてありがとうございました、クサカ先輩。私、本気でしたよ」
あと二口で私の、甘いのが、終わります。
恋を、終わりにします。
「……美味いな、これ。連れてきてくれて、ありがとな」
「いえいえ」
今度は本当に好きな人と、とは言いませんでした。
私の意地が邪魔をして、まだ残っていたからです。
「生クリームがさっぱりしてるからですかね。また食べに来よ」
私はこの数日の、さっぱり、とした味をまた飲み込みました。
終わりを、飲み込みました。
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