第92話 パルミエ(後編)
俺らと同じクラスで、天文部で、明るくて人当たりもいいらしい。
モミジって奴は。
「──あれがモミジちゃん。ね? 似てるでしょ?」
「……似てねー……」
どうして俺は見間違えてしまったんだ、と改めて盛大に悔やむ。
モミジとかいう女は、クラキ先輩にちっとも似ていなかった。
髪の長さとか身長とかはそうだけれど──雰囲気が、全然。
俺とムギはすぐに天文部の部室に行って、そこに同じクラスの奴──
クサカ先輩は天文部部長の仕事で学校から一番近い文化会館に行っている、だとかで、慌てて下駄箱に向かったら発見した。
そうしたらモミジとかいう女も、一緒にいたわけで、ただいま隠れて、ひそひそ、話している俺達である。
「似てねーって、似てるべなー。ぱっと見はさ」
「全然。マジ俺、目ぇ悪いわ……大体、クラキ先輩の方が……──」
「──方が?」
俺今、何言おうとした?
つか、何で比べたりとか……。
「……ブスじゃん」
そう言った瞬間、頭を叩かれた。
ムギの容赦ない手のひらのスイングは、ぱぁん、と小気味良い音が鳴ってしまって慌ててしゃがんで身をひそめる。
俺達とクサカ先輩達の距離はそれほど遠くない。
「そういうの言うなって言ってるでしょっ」
「手が早いのはどーなんだよっ」
「これは愛ゆえの愛の手っ」
合いの手、みたいな胡散臭い言い方すんなやっ、と思ったけれどそれどころじゃあない。
「んー……見た目は付き合ってる感じに見えなくもなくない?」
また下駄箱から少しだけ顔を出して覗いてみる。
モミジとかいう女は終始笑っている。
こっちはもう完全に、恋愛感情丸出しの顔だった。
それと、クサカ先輩も今、笑った。
……むかっ。
「──あ゛?」
「ん? どしたん?」
「何か……すっごい、むかついた」
「カトーは先輩の事好きだもんねー」
「はぁ?」
「何だかんだでよく話に出るし、意識してないとそうならないっしょ。今だってさ、むかつくとか好き以外なくない?」
それも、むかつく。
「……別にそういうんじゃ──」
「──にっひっひ、素直じゃないカトーは可愛いのぅ。さ、尾行しよ、尾行」
言いくるめられた俺はムギに続いて、静かに靴を履き替えた。
※
学校を出てから十数分、俺は何してるんだろう、と思ってしまった。
「……直接聞いたが早くねぇか? これ」
俺はムギに相談する。
「聞きたきゃ聞きなよ。聞きに行けんならだけどー」
前方ではクサカ先輩達が歩きながらしゃべっていて、途中でコンビニに寄ったりしている。
俺達はその後を気づかれないように離れて歩いていて、今は古典的にも電柱の陰に隠れて信号待ち中だ。
二人は、いい雰囲気、とかいうやつに俺の目にも見える。
「──無理。っていうか、嫌だ」
「クラキ先輩に同じ事言ったくせにね」
あーうるせっ!
俺はムギのつむじをててててっ、と突いた。
「あー気持ちい。ってかモミジちゃんさ、もうすぐ転校するじゃん」
新情報。
と思ったら、いつかのホームルームの時に皆に知らせてたとからしい。
俺は多分寝てたか興味なくて流してたんだと思う。
「親が海外転勤とかで、あっち行くっつってたよ」
それなら、じゃあ何で今、付き合うとか──。
「──じゃあ何で今付き合うとかそういう事になってんだ、って思ったっしょ」
ずばり、素直に頷くしかない。
「だからこそ、当たってみた、って事じゃないの? そんで砕けなかった」
……なるほど。
「あたしはモミジちゃんの否定はしないよ。あの子はあの子で頑張って動いて、こうやって楽しんでんだもん。クラキ先輩を軽くしか知らないし、重く知ってたとしても、どっちの肩を持つとかあたしはしない。でもカトーが気になるってんなら話は別。協力する。そんだけ」
ムギはムギの考えがある。
俺は、どうしたいのか、改めて考える。
けれど今の話で、わかんなくなってきた。
少し遠くで笑ってるモミジとかいう女はムギが言う通り楽しそうだ。
……邪魔とか、したくねぇ。
けれどそれだと──以下、ループ。
俺はその場に頭を抱えてしゃがんだ。
ムギも一緒になってしゃがんで俺の顔を窺ってくる。
「めんどくなってきた?」
「そうじゃねぇけど……そんな、ような」
「めんどいよねー、恋愛って。んでも面白い!」
「それ、あんまいい趣味じゃねぇな」
「そう? 恋愛の映画とか漫画でもそうじゃん。関係ないけど超気になる。んでも今のカトーは関係なくない。意味わかる?」
つまり──俺も、そこの登場人物。
だから、えーと……モミジとかいう女と俺に接点はクラスメイトだけど喋った事もねぇし、こっちは関係ないとして──。
「──クサカ先輩と話すの? 俺」
「その方が早いんでしょ? ってか急げー。絶不調な対戦相手になっちゃったらもっと面白くねぇんでしょ?」
はぁーっ、超絶めんどくせぇーっ。
自分が蒔いた種だけど、めんどくせぇーっ。
でもそれしかなさそ、と、いつも俺を示してくれるムギの頭を撫でる。
そして俺も撫でられた。
何だこれ、けれど頑張れそうだ。
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