第88話 板チョコレート(後編)

 隠したものは、それぞれ。


 川の水は結構冷たくて、何だか童心に返った気分。


「いいねー、足湯ならぬ足水ー」


「それを言うなら足川じゃない?」


「気持ちいいのは一緒だねぇ」


 一班である私、ノムラさん、カシワギさんは並んで川辺にあったちょっと大きめの岩を椅子みたいに積み上げて、足首を冷やし中である。


「……カレー、食べれたねぇ」


 真ん中に座るカシワギさんを私とノムラさんで同時に抱き締めた。

色々と味に角が立ちまくった私達のカレーを残っていたルーとなんやかんやでどうにか美味しいレベルにまで再生してくれたのだ。

そしてもう一つ──。


「──ありがとうシュークリーム」


 見事、私達の班が予約券をこの手に掴んだのである。

るん。


「それはアタシのおかげでしょー? マンゴー最強」


「皆のおかげでいいんじゃない? 面白かったしねぇ」


 カシワギさんは何て謙虚なのでしょう、確実に功労者なのに。

私とノムラさんに足りないところかもしれない。

ほんのちょっとだけ、なんて。


「でもびっくりだね、先生がマンゴー好きでよかったよぉ」


「それはそうね。ノムラさんのまぐれおかげね」


 軽く水を蹴って私達はまた笑い合う。

今日は天気も良いし、チームワークも良かったし、良い校外研修になったと思う。

これからまた歩いて帰らなければならないのを除けば、だけれど。

残りの自由時間は自然の中でまったりしよう、と空を見上げた時──。


「──ほい、片付け終わったぞー」


 男子が見上げたままの私のおでこに紙コップの底を当ててきた。

コセガワ君とサクラバ君もそれぞれ飲み物を持っている。


「さーんきゅ。片付けご苦労ー」


 女の子達と男の子達で分かれて、片付けじゃんけん、で私達が勝利したため先に遊んでいたのだ。

気が利く事にコセガワ君が持ってきていたカルピスでジュースを作ってくれたようだ。

それと残りの黒と白の板チョコレート。

私が受け取る。


「ありがとう。あなた達も食べ──」


 ──ふむ、絶景。


 岩の上に紙コップを置いた男の子達は靴を脱いで、ジャージの裾を捲ったのだ。

川に入る気満々、すぐに入った。


「クラキさん何見てるの?」



「へ? 毛?」


 ええ、と私はカシワギさんに微笑んだ。


 あ、このカルピス濃いめの色。

薄いのより好きだわ。


「滑りなさんなよー」


「わかってるよノノちゃん──と、結構不安定だね」


 男の子達は、ぱしゃぱしゃ、と川の中を歩いていく。

浅い川だから溺れはしないだろうけれど、濡れても困るだろうし、少し、はらはら、と見守る。

すると近くにいた男子がこう言った。


「押すなよ?」


 確かこの場合は──。


「──ではお言葉に甘えまして?」


「違うわっ、マジのやつ。逆逆」


「んふっ、わかってるわよ。はい」


 川に立っている男の子達と座っている女の子達で、勝利の乾杯。

それから板チョコレートをぱき、ぱき、と折っていく。

するとノムラさんの手が、ひょい、と伸びてきて黒いチョコをひと欠片取られてしまった。


「──にがっ! 白、白いの頂戴っ!」


「待って待って。あ、重ねて食べたらちょうどいいかもしれないわ」


 じゃあ私も、俺も、と皆が私の手に注目する。

私も早く食べたいのだけれど、折る作業がなかなか──。


「──白いの貸して」


「あ、うん……」


 ……なーんか最近のクサカ君、妙に優しいのよね……気が利くというか、気がつくというか。

私、そんなにもたもたしてるかしら?


「ん、クラキさん正解。白黒合わせて良い甘苦あまにがー」


 先に食べたコセガワ君がそう言った。

甘い白と苦い黒。

リバーシのコマみたいに合わせて私も食べてみる。

甘いような苦いような、はっきりしない感じ。

私の黒いチョコがちょっと苦過ぎるみたい。


「ごち。あっち行ってみよーぜ」


 サクラバ君、食べるの早い。

男子もコセガワ君もさっさと食べて飲んで、川をざばざば、と歩いて行ってしまった。


「いやはや男共はガキだねー。まったりしたらいいのによー」


 ほんと、すぐに騒いで笑っている。

それはそれで楽しそうだけれど──。


「──じゃあ、こっちは女子会開始ぃ」


 ……はい?


 にまにま、と微笑むカシワギさんは私を真ん中にして、ぴったり隣に座り直した。

ノムラさんも同じようにして、両側から腕を組まれてひっつかれてしまって、暑い。

ここから、ひそひそ話か、声の音量が小さくなった。


「どーーなの? クサカってばクラキさんに妙に優しいじゃーん?」


「うんうんっ。聞きたくってうずうずしてたのっ」


 え、何これ。


「……え、っと?」


 二人の、にま、とした顔が若干気持ち悪いわ。

えーと……うーん……。


 ぱしゃっ、と軽く水を蹴る。

どう言ったらいいのだろう、優しいは優しい。

いつもの会話の中にも、私達特有の憎まれ口のやり取りもいつも通り。

けれど、そう──が付いてしまう。


「何か、あるのかしら」


 私は、ぽつり、と呟いてみた。

二人はちょこっと違う風に取ったようで私を挟んだまま、きゃっきゃ、と騒いでいる。


 そうじゃないの。

だってね、何か──。


 私は白と黒を合わせた板チョコレートの欠片を見る。


「──何か、裏がある気がするの」


 だって今日、、と私はまた水を蹴ったのだった。

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