第84話 プティフール(後編)

 ステンドガラスの強い色のように、カラフルな長皿だと思った。

正確には、お菓子を並べた長皿。

白地に赤と黒と黄色のお皿の上に五種類のお菓子が並べられている。


「……和洋菓子、ですか?」


 そう言ったカトウ君のお皿は鈍い黒に銀色の縁で、同じお菓子が並べられている。


「そうよー。あ、甘いもん苦手だった?」


「い、いえ。得意、です」


「あっは、嬉しい返事。どうぞ、遠慮なく食べて。食べながらお話ししましょ」


 終始笑顔のシロクロさんは、私達の対面に座って熱いお茶を飲む。

私とカトー君は横目を合わせて、手を合わせた。


「いただきます」


「い、いただきます」


 どれから食べようか迷ってしまう。

どれも一口サイズで、ぺろり、といけそう。

けれどその前に、食べるのがもったいないほど綺麗で可愛い──美しいお菓子達をよく見ましょう。


 そんなお菓子達の右側からいただく事に決めた。

まずは薄茶色の小さなマカロン。

つまんで、じろじろ、観察する。

この匂いは栗かしら。


 かりっ、と心地良い食感と、ふわん、とすぐにした栗の匂い。

それにこのお茶の香りは、ほうじ茶かしら。


「──うまっ!! あ、すいません、でっかい声」


「いーよいーよ。素直な感想大歓迎よー」


 私達のリアクションにシロクロさんはさらに笑顔だ。


 次はきなこと生クリームの寒天、と爪楊枝を刺して持ち上げた時、透明の寒天の中に黒い色を見つけた。

あ、すべり落ちそう、と慌てて食べた私は驚いた。

くにゅ、とほぐれて、とろっ、と黒蜜が流れたからだ。

黒蜜はスプーンだとかきよせられるけれど、ちょっと恥ずかしかったりするので一気に口の中に入れられるのは嬉しい。


 ここでひと休憩。

温かいお茶を飲んで、ほっ、と息をつく。

湯のみも三人三用、形も色も違っている。


「あの、質問いいですか?」


「はいはい?」


「どうして食器、ばらばらなんですか?」


 私がそう質問すると、すぐに答えは返ってきた。


「人は違うからさ」


 ん? と私とカトー君は同時にシロクロさんを見た。


「……イメージ、ですか?」


 カトー君が聞く。


「簡単に言ったらそうかもね。んー、例えば、カトウ君。あなた、頑固でしょ」


 ずばり。

カトー君も自分でわかっているのか、ぎこちなくも頷いた。


「でも、それは君のいい味になってる」


 鈍い色に銀色。

素敵ないい味の色に私は自然と微笑んでしまった。

自分の事じゃないのに照れ臭い感じもしている。


「クラキさん、あなたはまんまカラフルねー」


 続けて言われたこれにはびっくりした。


「……先輩はあまり表情を変えませんが」


 こういう理由は自分でも思ったからだ。

しかしカトー君に言われたくはない。


「外側じゃなくて内側。色んな色が──


 何だか言い方が不思議で、そう言っているシロクロさんの目も不思議に光ったように見えた。

けれど嬉しい。

納得、なんておこがましいけれど、魔法にかけられたみたいに、入り込んだ。


 それからシロクロさんは書いてほしいお品書きの見本紙を持ってくる、と席を立った。


「……変な人、ですね」


「失礼な言い方しないの。でも、うん……ちょっとわかるわ」


 そう言って次のお菓子をつまむ。

紅イモのミニタルトは花のように盛られていて一層素敵。

散らした黒ゴマも花のそれみたい。

もったいなくて半分齧ると、底に詰められていた緩めのカスタードが、とろり、と出てきた。

これから秋になる時期にぴったりかもしれない。

それから──。


「──にー……っ」


「どうしたの?」


 カトー君が口を押さえて慌ててお茶を飲んだ。


「食べて、みてください」


 四つ目はチョコレートで、緑色の粉があしらってあって、抹茶かな? と、ひょいっ、と食べてみる。


「んー……わさび?」


 うんうん、とカトー君がは頷く。

ごくん。


「爽やかな辛さね。味というより鼻に抜ける香りかしら。初めての組み合わせだけれど、うん。私は好きだわ」


 これはあんまり、と言うカトー君はどうやら辛い物が苦手なようだ。


「チョコはビターで美味しかったんすけど……難しいんすね、組み合わせって」


 それは好みにもよると思うけれど、バランス、が大事なのかもしれない。

甘さと辛さ、濃さと薄さ。

強さと──優しさ。


 ……ふむふむ、なるほど?


 私はもう一度店内を見渡す。


 黒に黄色、赤に青。

茶色に蜂蜜色、四角に丸──私と、カトー君。


 ──うん。


「先輩?」


「ん? あ、ごめんなさい。出来たの」


 出来たの。

私の、字のイメージ。


「……それは、焦ります」


「大丈夫。まだあと一つ残ってるわ」


 味わって味わって、それからまたいい味が見つかるわ、と長皿に残った最中もなかをつまんだ。

薄い皮が冷たい。

中はアイスクリーム? と、半分齧る。

優しいバニラに梅ジャムの香り。

それと時々感じる、じゃり、としょっぱいのは、粗塩?


「……ふふっ。楽しいわね、カトー君」


 そうっすね、とカトー君は珍しく素直に、笑ったのだった。

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