第83話 プティフール(前編)

 金曜日の放課後、私は書道部の後輩、カトー君と一緒にあるお店の前にいた。

学校から歩いてこれない距離ではなくて、まだお店には看板も何もなくて、綺麗な家、という印象だった。


「まさかカトー君も来るとは思わなかったわ」


「まさか俺も招かれるとは思いませんでした」


 書道部顧問のオオカミ先生の配慮──または策略でしょう。

こうでもしないとカトー君はつっぱねてせっかくの機会を断ると考えたのかもしれない。

あまり顔を出さない顧問だけれど、よく私達を見ているな、と感心する。

私とカトー君は同時に一歩進んでインターホンを押す。


「──こんにちは」


「──こんにちは」


 これも同時、横目が合ったのも同時。

ここは譲ってあげましょう、と私は一歩下がった。


「……お招きにあずかりました書道部の者です」


 はいはーい、と元気の良い女性の声が聞こえた。

それから数十秒後、店の入り口である扉が開けられた。

声の女性は綺麗な人で、金髪のベリーショートがとても素敵で──。


「──いらっしゃい。あなた達がそうなのね。会えてとても嬉しいわ」


 綺麗な人で、笑顔がとても暖かい。

そんなお店の人は私達を、私達の字を見染てくださった、嬉しい人。


「本日はありがとうございます。俺──じゃない、僕達の、そのー……我儘? な条件を飲んでくださって」


 カトウ君、しどろもどろ。


「あっはっは! いいのよー、楽しそうな提案だったしね。って言ってもまだ何もないんだけれどねー」


 さぁどうぞ、と店に入ると、涼しさを感じた。

黒っぽい土間床に新しい木材の匂いが、すっ、として、微かに甘い匂いもした。

入口から店内は細い一本の通路になっていて、その奥が拓けていて──。


「──ああ、好きだわ」


 私は思わず呟いた。

カトー君は、は? というように振り返ったけれど無視する。


 焦げ茶色の店内に蜂蜜色の淡いランプ。

席を区切る格子状の襖の一部にはステンドグラス。

赤と黄色、黒と青。


「大正レトロ、ってやつですか?」


 それ、そんな感じ。


「うちの人の趣味でねー」


 うちの人、という事は旦那様の趣味か、と私はまだ店内を見回す──見つめる。


 この空気を感じるために。


「その真ん中の大きなテーブルにどうぞ。お茶持ってくるわねー」


「お構いな──」


「──く、は出来ないな。可愛らしい後輩が二人も来店してくれたんだものー」


「でも俺らは──」


「──いただきます。遠慮なく」


 カトー君のぶつくさをばつん、と私は遮った。


「あっはっは! 先輩には敵わないねー」


 私とカトー君は短い金髪の髪を見送ってから席についた。

楕円形の大きなテーブルは艶めいていて、椅子の座り心地も良い。

けれど私はすぐに立って歩き回った。


 角のテーブル席、ランプが丸い。

真ん中のテーブル席は三角のランプ。

こっちの仕切り襖はステンドグラスなし。

両開きの格子窓は開けたらきっと、ぎぎっ、といい音がすると思う。


「先輩、あんまりうろちょろしないでください」


「どうして? 色々知りたいのに」


「……なるほど?」


 カトー君も席を立つ。


「……女の人はこういうの好きっすよね」


「そう? 大人の男の人も好きだと思うわ」


 例えば、と私は格子状の襖にステンドグラスが全部はめてある数席を指差した。


「そこは喫煙席かも。珈琲と煙草を一緒に楽しむ方もいるわ」


「あー、そうっすね」


 カトウ君は別の席を指差す。


「あの柱──隠れ席っぽい? とかですかね」


 太い柱の向こう側に一席あって、二人が座れるテーブルは丸い。

他は四角なのに、ここだけ──特別な感じ。


「ロマンチックね」


「はぁ、そういうもんっすかね」


「彼女は喜ぶと思うわよ」


「えっ、何で知って──」


「──さぁ、何ででしょう」


 うふふ、とからかっていたらちょうどお茶がやってきた。

それと長細いお皿が二つ。


「さぁさ、お座りなさいな。お話しながら味も知ってくれると嬉しー、って事で率直な感想もよろしくねー」


「ありがとうございます、白黒シロクロさん」


 お店の人──私達に依頼をしてくださった金髪の女性は、白黒金糸雀シロクロカナリアさん、という方だ。

おそらく私達の母親くらいの年齢で、笑顔がとびきり素敵な方。

そして用意していただいたお菓子は、五種類もあった。


 いえーい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る