第81話 マドレーヌ(前編)

「──すっげ……マジか!」


「ええ、凄いでしょ。マジなの」


 午前中で全テスト終了、午後の授業も終了。

それからいつもの部活時間──女子とのおやつタイムの放課後に興じている俺は、驚愕している。

今しがた、女子が習字の依頼を外部から受けたと聞いたところだからだ。

あ、修道って言った方が良さげっぽいか。


「本決まりじゃないからまだ完全な凄いじゃないとは思うけれど」


「ばーか、十分じゅうぶん凄ぇ事だぞ」


「馬鹿って言った方が馬鹿なのよ?」


 褒めたのにそこを突くか、と俺は横目で見てやった。

そして女子も見てきて、ふぅ、と息をつく。


「……はーい、ありがとうございまーす」


 最近、この頃、ちょっとずつ、女子の事がわかってきた。

口が下手な俺は女子に敵わない。

なので閉じる事を覚えた。

代わりに、見る。


「素直でよろしいじゃあないですか」


 で、やっぱり黙ってられない俺はいじった。


「クサカ君も言うようになったわね」


「クラキほどじゃないけどな。で、本決まりじゃねぇってどゆ事?」


 すると女子は、あの一年と対決、と簡単に言った。

変な依頼、けれど面白い依頼だな、と今日の飲み物であるプーアル茶をずるるる、と飲んだ。


 俺はあいつ、カトーが苦手だ。

いや、俺が悪いんだけれど、こう、何て言うか。

なので是非勝ってほしい、と思う。

それでなくても、頑張れ、だけれど。


「はい、今日のお菓子」


 日直日誌を書き終えた女子はバッグから取り出した。


「お、マドレーヌ」


 一袋ずつ小分けにされたそれは貝の形──シェル型で、結構でかい。

ウェットティッシュで手を拭いて、二人同時にいつものやつ。


「いただきまー」


「いただきます」


 しっとり、とした感じに薄っすらバニラの匂い。

思ったよりも甘さは控えめ。

これなら二つ三つ立て続けに食えそうだ。


「これ、材料にお豆腐を使用してるんですって」


「ほーん」


 それでこの控えめな甘さで、さっぱり、ってわけじゃないけれどそんな感じがしたのか、と半分ほど食べた時、俺はこう言った。


 こう、


「──カロリー抑えられていいんじゃん?」


 俺はこれからずっと、この時の女子を忘れないだろう。


 言った瞬間、女子の目は冷たくも熱く、威圧を放っていた。


「……私が、何を、抑えているですって?」


 女子の口調はわかりやすく途切れさせた質問だった。


「え、えっと……か、カロリー、です」


 俺は正直に答えた。

答えてしまった。


「何故、私が、カロリーを考えて、お菓子を、食べなければならないのかしら?」


 はい、と手で差された。

俺のターンのようだけれど──もう終了ゲームセットしたい。

それか何か特殊カードで誰かを召喚したい。


「……考えなくて、いいです」


「ええ、考えていません。では、美味しいものを目の前にして、カロリー、と口にするのはどういった了見なのかしら。ましてや、抑えられて、などと」


 まさかそんな事でこんな対決が始まるとは思わなかったー……とか言ったら対決どころか戦争が始まりそうだ、と俺は黙る。

しかし女子の手がそうさせてくれない。

差されたままの俺のターンはまだ続けさせられている。


「ご、ごめんなさ──」


「──ごめんなさいとは、何かしら?」


 誰かぁあああ、俺に語彙力と逃走スキルをくれぇえええ!


「カロリーを抑えるとより美味しくなる法則でもあるのかしら?」


 ち、違……そうしなくても美味いもんは美味いっす。


「カロリーがあるお菓子は美味しくないのかしら?」


 違……あってもなくても美味いもんは美味いっす。


「もし私が健康上、カロリーを控えなければならない、抑えなければならないという理由があればもちろん話は別です。ですがそれは全く、ちっとも、全然、少しもありません。内臓健康、血液正常です」


 は、はいぃ……。


 俺は椅子の上で正座をして、俯いて、上目で女子を見た。

女子は返事、答えを待っているようで、どうしたの、と言うように首を傾げに傾げて真横に俺を見ている。

首、折れそ。


「──食べていいわよ?」


 と、一変した女子は微笑んだ。


「通常の材料ではなく、お豆腐が使用されているために、カロリー! が抑えられていて、ヘルシー! という言葉に浮かれて美味しさを強調している、美味しい、とても美味しいマドレーヌを! さぁどうぞ、召し上がれ」


 た、食べ辛ぇえええ……っ。


 それから女子はマドレーヌに手をつけようとしなかった。

俺も黙ったままで、正座のままだった。

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